私の悲しみは、
ただ国を愛する心で
ぎっしり詰まっていたのです。
(お父様の愛国心)ゆえに、
第二次世界大戦の時、
韓国は一度も爆撃を受けなかったのです。
☆
ただ国を愛する心で
ぎっしり詰まっていたのです。
(お父様の愛国心)ゆえに、
第二次世界大戦の時、
韓国は一度も爆撃を受けなかったのです。
☆
今日は、2016年4月1日です。
4月1日は、真のお父様が、留学のため
日本に初めて来られた日なのです。
1941年の時ですので、今日で75周年になりました。
「日臨節」という名称で呼ばれています。
「真の父母様の生涯路程」にその前日に
ソウルから釜山に行かれる時と
当日、関釜連絡船に乗った時の
お父様の心情が綴られています。
誰よりも祖国、韓国のために、また神様のため、人類のため、
祈られ、涙を流されたのが、お父様でした。
☆
先生が1941年度に日本に留学するために、
釜山に向けてソウル駅をたつ時、ソウル市内を眺めながら、
かわいそうなこの民族に誰が責任を負うかを考えながら、
たくさん涙を流しました。
その当時、日本に行く鉄道に、
ひかり号という列車がありました。
ソウル駅でその列車に乗りながら、
「私は敗者の愚かな男として流れていくのではない。
国を救うための熱い心を抱いていく男の道は天が保護する。
私が帰ってくる時は、お前は希望にあふれんばかりであろう」
と思いました。
それゆえに、第二次世界大戦の時、
韓国は一度も爆撃を受けなかったのです。
ソウルから釜山に行く時、
「私が日本に行って学んでくることは何か。
この国を解放して、育っていく私たちの二世たちが
希望に満ちて前進的出世をすることができる道を、
自主的独立国家を備えて出世できる道を
私が開いてあげなければならない」
と思ったのです。
このようにして龍山駅をたって、昔の漢江橋を過ぎながら、
手すりをつかんで涙を落としたことが、
とめどなく涙を流したことが、今も思い出されます。
孤児のようなこの民族をおいて出ていく時、
外套を引っかぶって、
ソウルから釜山まで痛哭しながら行きました。
そのとき日本人のおばさんが、
汽車の中で泣いている私を見て、
「若い人、お父さん、お母さんが亡くなられましたか。
そのような悲しみは、
人間ならば誰でも遭うことではないですか」
と言いました。
しかし私の悲しみは、
ただ国を愛する心でぎっしり詰まっていたのです。
涙が止まらず、目がはれ、鼻と口が
はれるくらいに泣いたことが、今でも忘れられません。
その涙、天を愛さずにはいられなかったその事情、
この民族に植えつけたかった若いころの
その哀切な訴えが、この民族の前に必ず残る、
ということを先生は知っていました。
それが統一を願う若者一人ひとりの胸に、
統一を願う男一人ひとりの胸に残ってくれと、
先生が願っていたということを
皆さんは知らなければなりません。
☆
この民族のためにどれほど涙を流したかといえば、
先生はどの愛国者よりももっと多くの涙を流しました。
先生が日本留学に出発した1941年4月1日早朝2時に、
釜山の埠頭で、
韓国を眺めながら祈祷したことが忘れられません。
「私は、今祖国を離れるけれども、
祖国であるお前をより一層愛し、
お前のためにもっと多くの涙を流そう」
と約束したのです。
釜山から船に乗って日本に行ったのですが、
その時、釜山から連絡船に乗りながら
とめどもなく涙を流したことが、
きのうのことのようです。
その時は日帝時代です。
かわいそうなこの民族を、
誰が束縛から救ってくれるのでしょうか。
私は夜を明かして星を眺めながら、
この民族の解放の一日のために
精誠を込め涙を流しながら、
この民族のために神様の前に、
「私は今旅立ちますが、帰ってくる時まで、
神様、この民族を守っていてください」
と祈祷しました。
この民族のためにどれほど涙を流したかといえば、
先生はどの愛国者よりももっと多くの涙を流しました。
早朝2時40分に出発しましたが、
その時の心情を、私は忘れることができません。
涙と共に行く道に、愛国があるのです。
涙と共に行くところに、孝子がいるのです。
忠臣も同じです。
聖人が行く道も同じです。
涙と共に生涯を経ていくところに聖人の道があるのです。
世界を動かすことができる歴史、伝統を残して、
受け継ぐことができる歴史があるならば、
涙と共に残してあげた歴史です。
その伝統の歴史は世界を支配するのです。
統一教会は、世界を治めることのできる涙とともに、
伝統を受け継いでいくという姿勢を忘れてはなりません。
☆
ソウルから釜山に来られる時も
釜山から船に乗って、日本に来られた時も
お父様は涙、涙でした。。。
日本に来られたあとも
早稲田・高田馬場の地でも
涙に濡れた日々でした。
お父様の涙によって生かされた日本であり、
愛された私であると思いつつ、
お父様に心から感謝する一日にしていきたいと思います。
※ このブログは、
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)
あくまでも個人において、書いているものであり、
教会本部とは一切関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、ブログの記事においては
無断転載はお断りいたします。
曲解や悪用ととれる引用も、
差し控えてくださいますよう
よろしくお願いします。
(もちろん、善なる目的で
使用することに関しては
その限りではありません)
http://ping.blogmura.com/xmlrpc/whoxs74ru6cg
【日記の最新記事】
- 朝起きて、まず神様に挨拶しますか? 私は..
- 「良心の声」が聞こえません── 事務局か..
- 信仰のみでは天国に行けない 田中会長がT..
- 「前に経験した」ではなく、常にあらゆる人..
- 田中会長が最近、「あー、言われてしまった..
- 13年ぶりに変わった年頭標語 TMと迎え..
- 2024年を振り返って *今年、一分一秒..
- 神様がこれまで、サタンを倒すことができな..
- 自分の悩みがスッと消えた瞬間 良心は、絶..
- 田中会長がブレない理由 水底に投げた石・..
- 田中会長が平然としている理由 「日本はど..
- 家庭連合等に対する人権侵害をやめて 国連..
- 日本の「信教の自由」と民主主義が危機的状..
- 皆さんの精誠に、天が感動し、サタンが降参..
- 奇跡の時代 オモニと一つになったところか..
- よく来ましたね、あなたたちの役割が重要 ..
- 日本が平和を得ようとするならば・・・ オ..
- 加平の新名所、「あなたと見られれば、どれ..