2019年03月23日

~ある食口の発見~ 天の計らい?! 1991電撃北韓訪問で、奇しくもたどったのは 



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真の父母様の故郷北朝鮮。
真のお父様は、南韓の摂理が失敗したあと、
神様の啓示を受けて、
1946年6月から、1950年12月に南下されるまで
北朝鮮におられました。

1991年真の父母様が北朝鮮に電撃訪問されましたが、
その際、不思議なことに、
北朝鮮側が準備された平壌(ピョンヤン)の滞在場所等、
行くところ、行くところが
お父様のゆかりの地だったといいます。
全く同じところに、再び訪問されているのです。

調布家庭教会副壮年部長の田中さんから
いただいた情報の一部を、紹介します。

以下、田中さんが調べ上げられた成果として、
5つの場所があげられています。
本当に、驚くべき因縁を感じます。


1.万寿台(マンスデ)国会議事堂

万寿台国会議事堂は1991年12月1日、
北の幹部を前にして立ち上がった文先生は
「主体思想では南北統一できない」と説教した場所です。
自叙伝にも書かれている有名なシーンです。

後に2013年になって韓国MBCNETで放映された
『平和を愛する世界人』番組中に初公開の秘蔵映像として登場します。
          45年前

 伝道活動の中心だった「景昌里(キョンチャンニ)

万寿台国会議事堂の建っている場所は45年前、
文先生が38度線を超えて北に入り1946年6月から伝道活動された
「景昌里」の集落跡地です。
文先生は景昌里の信徒の家を拠点に伝道し、礼拝の説教をしていました。




2.平壌凱旋門と凱旋門広場

1991年12月2日、牡丹峰迎賓館で明け方北朝鮮を伝授する式を終えた後、
ご一行は市内観光の一環として平壌凱旋門を視察します。
朴普熙先生著の『文鮮明師の電撃的な北朝鮮訪問』の中には、
平壌凱旋門を訪れた一行の写真が掲載されています。
          45年前

 逮捕され拷問を受けた「大同保安署」

平壌凱旋門が建っている凱旋門広場の45年前は、
文先生が1946年8月から11月まで逮捕され激しい拷問を受け
箕林里という地にあった「大同保安署」の跡地です。

日本統治時代は大同警察署であり、
解放後は大同保安署となりました。
平壌凱旋門を訪れた一行の写真のうち、
文先生が立っているその位置はまさに大同保安署跡地です。



3.牡丹峰(モランボン)貴賓館(興富国賓館)

真の父母様ご一行が平壌滞在時の牡丹峰貴賓館。
1991年12月2日明け方には重要な特別祈祷会をされました。

牡丹峰貴賓館は国賓館であり、現在の別名称は「興富国賓館」とされています。
大同江の眺めがよい牡丹峰の東麓、
半円状の崖のようになった地にあります。
興富国賓館(牡丹峰貴賓館)の場所はWikiMapiaで確認できます。
この場所は過去には高句麗時代からの古刹である永明寺がありました。
          45年前

 かつて聖地としてたびたび祈られた「牡丹峰」

景昌里を平壌での伝道活動の中心として歩まれていたとき、
復帰された信徒と一緒にここ牡丹峰にたびたび訪れて、
平壌の聖地として祈られた場所です。

牡丹峰=牡丹台や、乙密台などの小高い山が続く丘陵となっていて、
東側は大同江が南北に流れている有名な景勝地です。
この峰の上に立てば、大同江や平壌の町並みの眺望が効きます。

文先生は金仁珠女史など信徒に早くから
牡丹峰に建てる聖殿の構想を語っています。

あるときは先生とジョンファ氏、そして私と三人でモラン峰に祈梼しにいったことがある。
モラン峰に上がると平壌市内が全部見える。
その下に乙密台があってその山並みが「エデン宮を建てる所だ。」と啓示を受けて先生に申し上げたところ、先生は「そこは場所がいいので聖殿を建てようかと考えたことがある。」と語られた。

信仰手記「証言」第1集〔金仁珠〕より



4.木蓮館招待所(9号宴会場)

平壌到着の1991年11月30日夜、歓迎晩餐会が開かれたのは木蓮館招待所です。

文先生はメッセージを読み、翌日の『労働新聞』に演説全文が掲載されましたが、
史上初めて朝鮮労働党機関紙に『神様』の単語が載りました。

木蓮館の別名は「9号宴会場」であることが、
後の金正日委員長の専属料理人であった藤本健二氏の談話で伝えられています。
広大な敷地に、中央宣伝部を始めとした党の主要施設が建っており、
その一角に「9号宴会場(宴会所)」があります。
          43年前

 興南行きの前に収監された「平壌刑務所」

9号宴会場、つまり木蓮館招待所が建っている場所は、
その昔「平壌刑務所」があった跡地です。

平壌刑務所は、文先生が興南収容所へ移送される前、
有罪の判決を受けて1948年4月から5月にかけて収監されていた場所でもあります。




5.万景台(マンギョンデ)と金日成生家

1991年12月1日最初の市内観光として、
真の父母様ご一行は金日成生家がある万景台を訪れていました。
          41年前

 避難時に舟で大同江(デドンガン)を渡った万景台

41年前の1950年12月4日夜、まさに中国人民義勇軍が攻まりくる中、
金ウォンピル先生、足を骨折していたため
自転車に乗せられた朴正華氏と文先生の3人は、
平壌中心部から西約7〜8キロの距離にある今の万景台まで来ます。

舟着場にあった小舟に乗りこんで大同江を渡ります。
一行は対岸に着くやそのまま南下を始めます。

ちなみに、大同江を小舟で渡った対岸の地名は
「文發島(ムンパルド)」「文發里(ムンパルニ)」でした。
まさに「文氏が(南へ)発つ島(里)」
であったことは驚き以外の何ものでもありません。
深夜であり、文先生もウォンピル先生も
対岸の地名などわかる術はなかったことでしょう。

真のお父様の証し

南の方に出るには、大同江を渡らなけれぱならないから、そこから今の金日成の故郷である万景台、
そういうところまで行って、そこから船に乗る。

その時ちょうど、牢屋で霊界から伝道された朴という
男がおったね。(中略)それでお婆さんに会って帰る
間際に、朴さんがどこどこにいるという連絡を受けて、その朴さんを連れて南の方に出発したんだ。

しかし、足が悪いというから歩くことが出来ないね。
それで、その家にある自転車に乗せて後押しして、
今の万景台というところで船に乗っかって
大同江を渡って南の方に動きだしたんだ。


(僑胞への御言・1974年5月12日杉並にて)



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西東京教区壮年部
調査・資料作成:田中(調布家庭教会)

知られざる東京・神奈川の聖地巡礼ウォーキング
−文鮮明先生が日本留学時代に歩んだ品川・四谷・川崎・鶴見を訪ねて−
〔拡張編〕平壌に見るメシアの歩んだ地のすさまじい意味



この資料をくださった田中さんは、
「東京神奈川の知られざる聖地巡礼」
(西東京壮年部主催)の企画を進め、
ガイド役として案内を務めていらっしゃいます。

品川・川崎・四ツ谷などの真のお父様が歩まれたゆかりの地を
調査研究し、その成果を
書写大会のときにパネル展示で発表しておられるということです。

聖地巡礼の内容も先日送ってくださったのですが、
お父様が昔、日本におられた時、
品川や川崎のどこでお仕事をされたのか、
貧民窟で生活された場所とか、
細かい情報を調べ上げておられます。

写真や地図が多いので、ブログには掲載しづらいのですが、
いつか紹介できればと思います。


上の内容について田中さんは、
「平壌を訪問する一つ一つのその場所が、
あたかも過去を元返すかのように強い因縁と関係をもった場所
であったことが驚き以外の何ものでもありません。
真の父母、メシアの歩む場所、ゆかりの地の
すさまじいほどの意味深さを実感させられます」
そのように語っておられます。

本当に素晴らしい発見をされました。
真の父母様が1991年に訪朝された時に、
様々な場所に行かれたわけですが、
お父様が行きたいところを示されたのではなく、
北朝鮮政府が指定したところを案内したのだと思います。

そこここが、20代のお父様が北朝鮮におられた時と
まさに同じ場所だったとは。。。
「文發島、文發里」の記述なんて、
鳥肌ものですよね。

まさか北朝鮮が調べ上げて、
あえて同じ場所を訪問するように設定したのでしょうか。
そうだったとしたら、
北朝鮮もお父様に敬意を払っている表れのような気もします。
たまたま、偶然同じ場所だった、とも考えられます。

いずれにしても、「昔いたところに来ている。。。」
お父様は、このことを、霊的に感じておられたのではないかと思います。
神様がお父様の訪朝を心から歓迎しておられる、
そのように感じていかれたのではないでしょうか。

1991年に北朝鮮に行かれた真の父母様を
さらに深い思いで見つめることができ、
感慨深いものがありました。

田中さん、貴重な情報をありがとうございました。





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posted by ten1ko2 at 08:51 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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