つらく、くじけそうなとき、
真のお父様のように戦い続けるには、
どうしたらいいでしょうか──
お父様の素晴らしい回答が紹介されています。
☆
「信仰と『哲学』」は、
神保房雄という一人の男性が
信仰を通じて
「悩みの哲学」から
「希望の哲学」へとたどる、
人生の道のりを証しするお話です。
「信仰と『哲学』」は、
神保房雄という一人の男性が
信仰を通じて
「悩みの哲学」から
「希望の哲学」へとたどる、
人生の道のりを証しするお話です。
☆
死を前にしての不安こそが、人間が
非本来的生き方から本来的な生き方に転換できる
契機となるとハイデガーはいいます。
そしてその不安こそが
「良心」の呼び掛けであるというのです。
☆
ところで、文鮮明師は「死」について、次のように語っておられます。
「皆さんは、どれくらい生きそうですか。
全員『70年、80年は生きるだろう』と、
このように考えているでしょう。
その前には死ぬと思いません。
皆さんは、欲張りです。
一生を生きるのに、80歳に死ぬとか、
100歳に死ぬだろうと信じるとしても、
あす死ぬか、きょう死ぬか分からないのです。
皆さんの考えには、『ああ、私は若いので、
今後少なくとも40年、50年は生きる』と、
そんな欲をみなもっているでしょう。
それが神様に保障されましたか。
皆さんは、できるだけ1年以内に死ぬものと
思いなさいというのです。
この短い時間にみな準備すべきです。
このような観念をもって生きなければなりません。
できるだけ短く定めるほど、幸福です。
短く定めるほど、損害をしないのです。
その期間に真(まこと)になるように、準備するその内容が、
自分の永遠の生命の家を建てるのです」
(「『天聖経』地上生活と霊界
第1章 有形・無形世界における人間の存在〈祝福と永生〉」より)
第1章 有形・無形世界における人間の存在〈祝福と永生〉」より)
☆
文先生は死の観念を持って生きることを強調しています。
そしてそれが真になること、
永遠の生命の家を建てることにつながっていくというのです。
死から逃れようとするのではなく、
死の観念を持つこととが必要なのです。
☆
実は、死と「良心」の関係について
文先生から直接お聞きしたことがありました。
それは1990年代の半ば、アラスカでの出来事です。
アラスカの公館で、文先生のお話を伺う機会がありました。
そこで「誰か質問があるものはいるか」と言われたのです。
その時私は、対社会的活動の中で多くの攻撃を受け、
くじけそうになり、時には逃げ出したくなるような気持になっていたのです。
手を挙げて質問しました。
「先生のこれまでの歩みは闘いの連続であったことを知っています。
先生はなぜ、闘い続けることができたのでしょうか。
どのようにしたら闘い続ける力を持つことができるのでしょうか」と。
「間髪を入れず」とは、このことであると思います。
文先生は
「すでに死んでしまったものと思いなさい」
と言われました。
それから人間の良心について語り続けられたのです。
良心の力がいかに強いものであるのか、
素晴らしいものであるのかを語り続けられたのです。
良心の力は死への不安を克服できるものであることを説明されたのです。
それが闘い続けることができる原動力となったことを言おうとされたのです。
信仰と「哲学」43
関係性の哲学〜死への「不安」は良心の声
神保 房雄 (Blessed Lifeより)
関係性の哲学〜死への「不安」は良心の声
神保 房雄 (Blessed Lifeより)
☆
「すでに死んでしまったものと思いなさい」
衝撃的なみ言ですね。
間髪を入れずに語られたみ言だったそうですが、
ということは、お父様ご自身が、
このような生活を生涯していかれたのでしょう。
今日は、3.11、東日本大震災から9年を迎えました。
一度に多くの人の命が奪われたことを思えば、
今日、明日に死ぬかもしれない私たちであることを
考えざるをえません。
私たちの生涯はいつまでかわかりませんが、
「良心」の力は、
「死」の不安を越えるということです。
お父様は良心の固まりのような、
まさに良心と一つになったお方だと思いますが、
私たちもお父様に似るべく、
良心を強めていきたいと思うのです。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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