奈田壽美子先生の「父母と共なる生活〜信仰生活の真髄をつかむ」
今回は、『祝福家庭の使命』の1回目です。
30年前のものですので、
それを考慮してお読みください。
☆
これまで神の心情の体恤ということについて、
創造原理的立場と復帰原理的立場という
二つの立場があると学んできましたが、
人間はそのような二つの使命を持っているのです。
私たちはあくまでも、
原理圏から出発しているのではありません。
過去を引きずっていますから、
それを清算しながら行かなければなりません。
それと同時に、未来をつくっていかなければなりません。
☆
@過去の清算の道
過去を清算するとはどういうことかというと、
神の歴史的心情を知ることであり、
神の悲しみや恨みをはらす道を歩むことです。
神の歴史的心情を知るということは
霊界を知ることであり、それが宗教の道です。
歴史において縦的な立場(宗教)で先に条件を立てて、
それが横的(政治・経済)に展開されていくのです。
☆
ですから私たちも最低限、自分の過去を清算してから、
祝福を受けなければなりません。
私たちが過去を清算するためには、
本然のアダムとエバの立場に立ち帰る必要がありますが、
その立場は、私たちが自分で取り戻すことはできないのです。
祝福を受けた立場というのは、
堕落以前のアダム・エバの立場である
とよく説明しますが、その立場は
アダム・エバそのままではないのです。
堕落性という「荷物」が
いっぱいくっついているのです。
ですから、すぐ愛したいといっても
愛せるわけではないし、
愛したくないと思っても愛さなければならない
という矛盾の中にいることになります。
☆
堕落しない完成した立場に立つ人物として、
神の愛の理想圏を世界化させるための責任をもって、
今日統一教会はこの地上に現れるようになったのです。
旧約時代には祭物を通して血を流してきました。
新約時代には人が血を流してきました。
それでは今日、我々の統一教会時代には
どのようなことが起こるのでしょうか。
愛を中心として、犠牲の血を流していくのです。
愛を中心として犠牲の血を流すということは、
どんなことか分かりますか。
統一教会時代になって、皆さんの家庭に
複雑な問題が起こってくるのです。
堕落によって人間は神を失い、
次には天使世界を失い、万物を失い、
人を失い、その次には愛の責任を失ったのです。
……先生が今まで歩んだ道というのは、
愛の十字架の道を代表となって
歩んでいるということを、
皆さんは知らなければなりません。(一九七八・一〇・二二)
☆
ですから、祝福を受けて家庭を持っても
いろいろなことが起こるのです。
例えば、相対者は自分の好きなタイプどころか、
一番合わないタイプであったりします。
しかし、それでも一生懸命努力していった結果、
一番合うタイプになったということがよくあるのです。
そのような結婚観は一般的ではありません。
常識では考えられないことです。
しかし、私たちの場合は
一つの心情的愛の十字架や犠牲の道を強いられたとしても、
それが最高のカップルになるというのです。
私たちはむしろそういう道を自ら進んでいき、
二人が本当にいつも一緒にいたいという心情圏に立てば、
堕落したアダム・エバの立場を超えることができるのです。
☆
文先生ご自身がそういう複雑な愛の関係を
たくさん通過してきておられます。
先生のお母様*の話がよく出てきますが、
お母様に対する先生の愛は
本当に深かったに違いありません。
そのようにお母様に対する深い思いがあっても、
興南の刑務所へ面会に来られたお母様に対して
統一原理の一端すらも説くことができなかったのです。
親がそこにいても愛することができない、
子がそこにいても愛することができない
という愛の十字架の峠を越えて来られたのが
文先生だったのです。
☆
それに比べたら、私たちの道は
全然難しくない、ごく普通の道なのです。
この社会には、子供を保育所に預けて
共稼ぎしている夫婦がたくさんいます。
しかし、それは必ずしも心情的な
犠牲の道を歩んでいるのではなく、
自分の目的で自分の思いでやっている場合が多いのです。
私たちの場合はそれとは大きく違います。
形は同じでも、神のためにやっているからです。
ですから、子供の言うことであっても
おいそれとは聞けません。
子供たちには、「お父さんは神様のお仕事、
お母さんも神様のお仕事」としか言えません。
このようにして子供自身も、小さい時から
神様の仕事のゆえに父母に会えなくても
我慢するという情的な犠牲の道を歩んでいるのです。
☆
私たちは愛や憎しみを超えて、
神への情的な供え物をしているのです。
そういう供え物がたくさんあれば、
それが、その家庭、その夫婦の宝物になるのです。
「私たちの家庭はこういう愛を犠牲にしてきました」
と言える内容が、永遠に語り継がれて宝物となることでしょう。
私たちの家庭にはそういう宝を遺していきたいものです。
そのためには、それぞれの夫婦、家庭が
確たる目的を持って歩まなければならないのです。
第四章 父母観(その三)
三 復帰過程における神の心情の体恤
(1)祝福家庭の使命
「父母と共なる生活 信仰生活の真髄をつかむ」
1991年5月1日 初版発行
奈田壽美子(なだすみこ)
(1940.1.5〜1989.3.7)
三 復帰過程における神の心情の体恤
(1)祝福家庭の使命
「父母と共なる生活 信仰生活の真髄をつかむ」
1991年5月1日 初版発行
奈田壽美子(なだすみこ)
(1940.1.5〜1989.3.7)
☆
「祝福家庭の使命」は、今も昔も変わらないはずですが、
冒頭でもお伝えしたように、30年前のみ言ですので、
今の立場より、ずいぶん厳しい感じがしますね。
奈田先生をはじめ、昔の先輩がたは、
まさしく家庭を犠牲にする道を歩んでこられました。
本当に敬服いたします。
もちろん、そのような道を歩まれたのは、
すでにそれ以上の過酷な道を歩まれた、
真の父母様、真のご家庭がいらっしゃったのだ。。。
そのことを感じます。
その土台があって、今の私たちがあるのだということを
改めて認識しなければならないでしょう。
以前は愛する人を愛することができない時代でしたが、
今の時代は、家族や愛する人を、
愛することができますし、
努力した分、実りやすい時代となりましたので、
感謝して精誠を立てていきたいと思います。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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