2022年01月14日

「今さら遅い」からと何もしない人 神が働かない人・あるある 《蝶野部長*精誠篇》C



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蝶野知徳(ちょうの とものり)本部家庭教育部長
「精誠篇(せいせいへん)」の続きです。


5 私の思い:『いまさら遅いな』

そしてこれです。「いまさら遅い」

「もうそんな話は、20年前に聞きたかった」
とよく言うんですね。
でもそういう人は、だいたい今からでもやらないんですが。

で、聞くたびに、もっと前から聞いてれば
よかったということを、いつの時代も言うんですね。

今日からやったら最速ですよ、皆さん。

でも、「家庭教育部なんて昔なかった」とかね、
「教会は作るのが遅かった」とか言うけど、
過去を見てとやかく言い人は、
だいたい今からでもやらないんですよ。

今聞いて、今始めたら、私の人生にとってみたら
最速最短だと、『よし!』と思う人はいいんですよ。
ここが、皆さん、分水嶺ですよ。

で、この「思い」があったので、皆さんが、
摂理されなかったということを知らなければならない。


お父様が、何で人の蕩減条件が見えるでしょうか。
霊視ができる人でも、蕩減条件て見えないですよ。

日本の持ってる蕩減条件というのは、これは
蕩減を晴らした人、蕩減がない人しか
蕩減条件は見えません。

ですから、皆さん、私たちに
蕩減条件の棒グラフが見えませんよね。
憑いてる悪霊はたまに見えたとしても(笑)
蕩減条件は見えないわけですよ。

ところがそれが全部見える方法を
今日お話しするということになります。

言ってみれば、これは皆さん、
実はこれが私の「蕩減情報」なんですよ。
私が蕩減すべき私の蕩減内容を、
私が感じているという状態なんですよ。

これが全部この人の持っている
蕩減の内容なんですよ。


お母様は蕩減を早く晴らしなさいと言いますよ。

国家的には、私たち摂理で頑張っていくわけですけども
個人のものを置き去りにしてはいけない
ということになるわけですね。

逆にいうと、個人のものが晴れてくると
私が神に摂理されてくるので、
(また、)神様に教えられるので
良心と会話ができるようになってくると。

そうなってくると、これは万物とかですね
いろんなものを果たせる、
そういう人になっていくということですよね。

蝶野知徳・精誠篇1 

父母による子女の家庭教育 精誠篇より
「内的蕩減と生活信仰」
摂理される私、実体基台のために
このみ言は、2018年に蝶野部長が
広島の家庭教育部長だった頃
全国の教区から要請があり出張して語られたものです。
(文責:ten1ko2)


私たちに与えられた環境は、
天から与えられた最善のものである、
そのことをしっかり受け止めていきたいと思います。

あの時、もっとこうだったら・・・
そのような思いがいろんな場面で浮かんできます。

また、私個人においても、
子女たちにこういう教育をしておけばよかった・・・
そのような後悔の念が
ふつふつとわいてくることがあります。

過去を悔やむより、今を受け止め、
そして、今現在の最善の道を選択して、
取り組んでいくしかないのだ、と思うのです。





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