2022年01月22日

この思いがある以上、私は摂理されない! 「これは、先祖の○○の蕩減が出てる」?! 《蝶野部長*精誠篇》D



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蝶野部長の精誠編。
続きです。


だから、人によって悩みが違うのは、先祖の血です。

お金で引っかかってる人は、いつもお金に引っかかるのです。
いくら献金しても、お金に引っかからない人は
他のことに引っ掛かったり…。

で、人の言葉に引っかかる人は、いつも人の言葉尻に引っかかったり。
「今のアベルの言葉あんた許せる?」とか隣の人に言うと、
隣の人は「あんたそんな風に思ったの」と言う。

これは蕩減内容が違うんですよ、皆さん。

自分がカチンとくること、自分がカッとくること、
自分が心がグサッとくること、
これはここに座ってる人全員違います。
これが先祖の血です。

先祖の蕩減すべき内容のことを、
今日は「蕩減情報」という言葉でお話ししています。

自分の蕩減は、自分の心が感じていることで
全部わかるんです。

アダム・エバ(男女関係)の試練も、
全然なんともない人もいるんですね。

ところがお金の文句は言わないし、
アベル・カインもないけど
異性の誘惑だけは弱い、という人もいるわけですね。

人によって違うのです。
これは自分の心が知ってるはずです。
皆さん自分の人生を
振り返ってみてください。

いつも同じ試練を、周期的に繰り返してるはずなんですよ。
終わらないかぎり、ずっといきますよ。

自分が逃げたらどうなる?
生きているときに全部逃げたら、
子孫にいきますよ、全部。

つまり今私たちが体験していることは
先祖が逃げてきたことでもあるわけです。


ですから皆さん、「あれが蕩減の内容か」
と言う方がおられます。
子供が難しいと、あるいは伝道対象者が難しい…
どう言うかというと──

夫がパチンコ狂いでたまらんと、
「あれが蕩減の内容かー」と言います。
それで、夫のパチンコ=夫の家系の先祖の博打打ちを
調べたりするんですね。

確かに(これは蕩減で)あるかもしれませんけど、
しかし皆さんどうでしょうか。
この人は、「あれが」と言いましたね。
「あれが」ということは、中心人物を放棄してるんです。

わかりますか?
「私の責任じゃないあいつが悪い」と言ってるんです、この瞬間。
でも、この場合、自分の子供なんですが。

このように「蕩減内容が相手にある」と思うと難しいですね。
実際これは嘘じゃないかもしれませんが。

「あの人、あの因縁でてるわー」
これは教育上、教会でこの指導を受けることはいいのですが…。

問題は外、相手にあるのではなく
私が越え(蕩減し)なければならない、
自分の内面にあるものを、
外、(この場合子女になります)
子女からの刺激で発見させられた、と思うべきなのです。 



人の課題、欠点はよく見えるし、
はっきり指摘することができます。

その中で、一番問題なのが、
客観的に見つめ、自分を棚に上げてしまうことですね。

私の課題は、先祖からきているものだとすれば、
子供の課題も、親である、私から来ている・・・
そのように解釈できるんですけれど。。。

やはり、私自身の悔い改めが重要だ。
と切実に感じます。


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posted by ten1ko2 at 07:31 | Comment(0) | 蝶野部長 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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