「大患難の時が来ても、悲しまないでください」
今、この時、み言をもって
心情を整理していきたいと思います。
1961年に語られた
『患難の時を用意された意味』という
真のお父様(文鮮明師)のみ言を紹介します。
☆
『患難の時を用意された意味』
神様は終わりの日になれば、
人類の前に七年の大患難があるだろうと予告されました。
この患難時期は六千年の歴史路程において、
天の悲しい曲折が聖徒にぶつかる時です。
人間の絆がみな壊れていき、
信じられない環境にぶつかる時です。
自分がどんなに良心的に正しく生きたとしても、
その良心で自らの生涯を主張できない時です。
み旨を抱き、考えのある者であればあるほど、
眺めるあちこちに苦痛を感じる時です。
そのような時が、終わりの日の七年大患難の時です。
その時は、希望が揺れる時であり、
私たちが信じている信仰の中心が揺れる時であり、
信じて従った指導者が揺れる時です。
主義はもちろん、宗教、良心、
父母の心情までもすべて揺れる時です。
では、神様はなぜそのような世の中を
つくっておかなければならないのでしょうか。
それは真の神様、歴史的に苦労した神様と
同参したという価値を与えるためです。
神様は六千年間数多くの惨状を見てきましたし、
数多くの曲折を受けられたので、
終わりの日においては良心とか、主義とか、
信仰ということをもって中心を立てることのできない
環境にぶつかるようにするのです。
そのような患難の中でも「神様を愛する」と言う、
そのような難しい場でも「神様と共に生きる」
と言い得る真の息子、娘を探すために、
そのような時が来るというのです。
それゆえ皆さんは、
教会が揺れるのを見て悲しむことなく、
ある主義が動揺するのを見て悲しむことなく、
ある主権者が倒れるのを見て悲しむことなく、
自らの父母が変わったと悲しむことなく、
自らの兄弟が変わり果てたと悲しまないでください。
頼り、信じていた世の中のすべてが動揺しても、
皆さんの心は平然としていなければなりません。
神様は動揺せず、この時間も私を訪ねてこられる
ということを知らなければなりません。
神様が私たちに苦痛を与えるのは、
神様との貴い一日、神様が経てきた苦痛の因縁を
私たちに結んでくださるための、
大きな約束であることを知らなければなりません。
そのような場で天を抱き締め、
「一緒に行きましょう。
共に闘いましょう。
共に行動しましょう」
と叫んで立つ人を探すために、
そのような世の中が必要だというのです。
ですから皆さん、進む道がふさがったと
落胆しないでください。
この国が乱れると気落ちしないでください。
神様は死んではいません。
この世界がどんなに乱れても、
気落ちしないでください。
神様は死んではいません。
神様は必ず訪ねてこられます。
すべてが動揺しても、
天に対する一片丹心だけは動揺させないでください。
天を頼って仰ぐ希望の心だけは変わらないでください。
その心を変えようとするために、
神様が皆さんをいかなる苦痛の場に追い込んだとしても、
その場で父を呼ぶことができる心を
もたなければなりません。
いかなる場に落ちても、
その場で天の心情のひもをつかんで
上がろうと努力しなければなりません。
地獄に落ちる苦痛を感じる恨があったとしても、
父と共に参与する立場に立って
父の苦痛を私が思いやって、
その父は私の苦痛を察してくれることを信じて、
そのような場でも行くという
責任と義務を感じていくならば、
皆さんは滅びないでしょう。
今日、数多くのキリスト教徒がいますが、
そういう信者が果たして何名になるでしょうか。
私たちは父に侍るのに、
天上の宝座に座っていらっしゃる父に侍るのではなく、
死亡の波打つ中で真の息子、娘を探すために
御苦労される父に侍らなければなりません。
その父を私の父と知り、
その父の事情を私の事情として、
その父の心情を私の心情として、
その父の願いを私の願いとして訪ねてこられる
父の前に雄々しく立って、
「あなたの息子を探すことが
あなたの願いであることを知って、
その息子を探し、あなたの歴史的な曲折を解くことが、
あなたの事情であることを知って、
失った息子を抱き締めて愛したいのが
あなたの心情であることを知りました。
どのような塗炭の苦しみと
患難と難しさの中にあったとしても、
私があなたの願いの実体であり、
事情の実体であり、心情の実体です」
と自信をもって立たなければなりません。
このような者であってこそ父の息子であり、
またその父に侍ることができる者になる
ということを皆さんは知らなければなりません。
文鮮明先生み言選集第11巻
1961年2月12日
「侍りたいお父様」より
『患難の時を用意された意味』
1961年2月12日
「侍りたいお父様」より
『患難の時を用意された意味』
☆
これは、2012年に一度投稿したものです。
当時、文先生が聖和されてから、
いろんなことがありました。
すでに未来を予言されているかのような内容であり、
その時、患難を越えていこう、と
このみ言で励まされた思いがありました。
今、まさに必要な時だと思い、
改めて掲載させていただきました。
様々な困難を乗り越えて来られた真の父母様であります。
それは、神様を慰労して差し上げたい・・・
その一点だったのではないでしょうか。。。
神様のために、全生涯をかけて歩まれた父母様のように、
私たちも、神様を掴んで離さない、
その思いをもって、歩んでいきたいと思うのです。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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