2022年09月02日

ページを開くと、「主はシオンにおられないのか」・・最高の回答 《橘先生・最終回》




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橘先生のコラムより
「わが恵み汝に足れり」です。


 希望あふれる天一国時代に、今のような状況に陥るとは誰が想像したでしょうか。
 自身の日常に何か外的影響があるわけではありませんが、どうしても気分は沈みがちになります。

 蕩減復帰歴史、宗教者の迫害の歴史を語られても、心はなかなかついていきません。そんな中、いつもの訓読に臨むと、神様は私を思わぬ内容に導かれました。

 わたしの嘆きはつのり
 わたしの心は弱り果てる
 見よ、遠い地から娘なるわが民の叫ぶ声がする「主はシオンにおられないのか…(後略)

 読みながら「あれれ…? 今の自分の心に共鳴してる…?」

 開いたページにあるのは、旧約聖書のエレミヤ書(上記、第8章18〜23節/新共同訳)や詩編にある神の民の嘆き、そして“神様の涙を身代わりする”という真のお父様のみ言でした。



 「あれ、変だな。昨日まではイサクやヤコブといった内容だったのに…」と思いながらも、あまりのタイムリーさに神様の業と感じずにはいられませんでした。
 力を頂いたことは言うまでもありません。(帰省中の娘は「神様がシャキッとするように読ませたんじゃないの」と一言。)

 翌日訓読に臨んだ際、気付きました。その本には栞紐(しおりひも)が赤と黄の2本あるのですが、私は黄色のひもを日々の印として使っていました。
 赤は心に残った所に挟んでおきます。前日は無意識で赤ひものページを開いたのでした。読んだのは、以前は気に留めなかった箇所でした。

 「主はシオンにおられないのか」の問いに、「主は共におられる!」と答えていただいたようでした。

 別の件でへこんだ日には、予期せぬ電話に内から力が湧くのを感じたこともありました。
 神様が共におられ、支え合える家族もいる。「わが恵み汝に足れり(わたしの恵みはあなたに十分である)」(コリント人への第二の手紙 第12章9節/新共同訳)とあるように、置かれた中で精いっぱい歩むのみだと思わされます。

 季刊誌『祝福家庭』に掲載された古田元男さんの証しの中に、「天宙復帰は人格完成のことだよ」と真のお父様が言われたとありました。

 最近では聞くことが少なくなった「天宙復帰」という言葉。当然私も、理想世界実現、神様が願われた本然の創造理想世界をつくり上げることだと思っていました。
 けれど同時に、一人一人が人格完成、愛の完成をしていくことを意味しているならば、改めてその努力に励む時なのかなと感じます。

 このたび、諸般の事情で2018年2月から担当させていただいた本欄に区切りを付けることとなりました。
 小学校時代、作文が苦手で嫌いだった私が、4年以上務めることができたこと、担当のかたはじめ皆さまの大きな心のおかげと感謝しております。
 ありがとうございました。

 皆さまの家庭に幸多きことを祈ります。

夫婦愛を育む 190
わが恵み汝に足れり
ナビゲーター:橘 幸世


家庭連合は危機存亡の時であると言えます。
橘先生だけでなく、今の試練には、
心が凹むこともあると思います。

しかし、「主はシオンにおられないのか」
といえばおられるように、
神様は、家庭連合とともに、
私たちとともにおられるのです。

そのことを決して忘れずに
日々の歩みを捧げていきたいと思います。

橘先生、何気ない日常を示唆に富んだコメントで、
多くの気づきを与えてくださいました。

今までありがとうございました。



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この記事へのコメント
ああなるほど天宙復帰とは人格完成の事だったんだ。
やはりお父様は凄いお方だ。唸るような事ばかり言われるし成される。
こんなお方は他に知らない。まさしくメシアだ。

全ての人が人格完成すればそこは自動的に創造理想世界になる。

人格完成に最も必要な事は何かと考える時にそれは教育と環境だと思いました。

松下村塾から日本を指導した人物が沢山出たのは人物が集まったからではなく、松陰が人物を育てたからだ。
松陰もまた立派な叔父に教育され13歳で神童と呼ばれるようになった。
Posted by 天宙復帰 at 2022年09月02日 19:08
お父様は大自然の韓国で生まれ両親や叔父さんに薫陶を受けながら自ずから真理を求め始め、16歳でイエス様に出会い聖書を学ぶ事によってイエス様から教育を受けた。
艱難辛苦は人格を玉のように磨き上げる。
興南刑務所での最も難しい時に神様への敬拝を忘れず食べ物さえも分け与え囚人達を愛し見本となった。
これは永遠破滅の価値がある統一食口への伝統となる。

神様は最も優秀な天使をアダムとエバの教育係にしたがルーシェルは責任分担を全う出来ずエバを悪の道へと導いてしまい人類と神様の悲しみの歴史が始まってしまった。

祝福家庭はまず子供になって欲しい様な人間にまず自分がなる。そして子供になって欲しい様な人間になれる様にしっかり教育をする。
そして後は子供の責任分担に任せる。
そうすればその一族は発展するしかない。

その一族は民族の為に生き、民族は国家の為に生き、国家は世界の為に活動し、世界は人類の全ての人が人格完成できる様に存在すれば創造理想世界が完成すると言われたお父様は真に正しい。
Posted by 天宙復帰 at 2022年09月02日 19:55
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