2022年12月13日

私が2つのサインをもらうことができた経緯  《TPとの小さな出会い*石尾局長》




211016-2008.0520.jpg


石尾局長の「真の父母様との小さな出会い」
『サインに込められた「父母の愛」 』です。


真の父母様の米国4都市巡回講演が、
2005年6月、 ニューヨーク大会(25日) を皮切りに、
ワシントンDC (26日)、シカゴ (27日)、
ロサンゼルス (28日)で開催されました。

日本からは会長団のほかに12人の食口が参加し、
その中に私も入っていました。

26日のワシントンDC大会は、
真の父母様の宿泊場所にもなったホテルで開催され、
日本から参加した12人も
同じホテルに宿泊することになりました。

日本の全国祝福家庭総連合会の総会長夫妻(当時)が、
真の父母様のお部屋でご報告していたときのことです。

私たち12人もその場に呼ばれ、
真の父母様のお部屋に入ると、
長いテーブルの、いちばん奥の席に
真のお父様が座っておられました。

テーブルの右側に総会長夫妻、
左側に朱東文ワシント ン・タイムズ社長(当時)が
座っていました。

私たち12人は、 まず、横一列に並んで
真の父母様に敬礼を捧げ、
テーブルの空いている席にそれぞれ座りました。

当時、総会長の補佐官だった私は、
総会長夫妻の横に並んで座りました。

向かい側では朱社長が、この日の
ワ シントン・タイムズを何部かテーブルの上に重ね置いて、
真のお父様にご報告をしていました。

後で分かったのですが、朱社長は、
大会の記事が載っている新聞に
真の父母様のサインを頂いて、
その大会に参加したVIP一人一人に
プレゼントしてあげるために、
人数分の部数だけ持ち込んでいたのでした。

私たちが席に着くと、真のお父様は
「昼ご飯を食べたの?」と聞いてくださり、
「まだです」とお答えすると、
すしを注文してくださいました。

私たちがそのすしを頂いている間、
朱社長はずっと、お父様にご報告していました。

そして、最後に、テーブルの上に準備した新聞に
「サインしてください」と、
お父様にお願いしたのです。


そのときです。
総会長夫人(以下、サモニム)が、
「お父様、 この 2人に
サインしてあげてください」と言ったのです。

「この2人」とは、日本から参加していた、
総会長補佐官の私と、女性責任者Aさんのことでした。
予期せぬ出来事に私も驚きましたが、
いちばん驚いたのは朱社長でした。

朱社長はすぐさま、「ここには、
VIPにプレゼントする数しかありません」と言いました。
しかし、 サモニムは一歩も引きませんでした。

予想外のやり取りが目の前で繰り広げられる中、
私はどう対応すべきか考える余裕が全くありませんでした。

正直、私は、「自分たちがサインを頂くことよりも、
VIPの方々が頂くことのほうが、
はるかに大切だ」と思いました。

しかし、真のお父様は、私の方を見ながら、
「名前は何というの?」と聞いてくださったのです。
私は「いしおたけしです」と答え、
目の前にあったナプキンにボールペンで 「石尾豪志」と
書いて差し出しました。

真のお父様は、それを見ながらサインしてくださいました。
結局、 そのとき、 お父様は、Aさんと私のために1部ずつ、
私たちの名前まで書き添えてサインしてくださいました。

そして、日本のために、サインだけのものを1部、
計3部の新聞にサインしてくださいました。
常に日本を大切にされる真の父母様なのです。


2004年11月9日、「在日同胞祖国統一祈願祭」が
韓国・坡州(パジュ)の臨津閣(イムジンカク)で開かれました。

大会の翌日、漢南洞(ハンナムドン)公館
(国際研修院)での訓読会に参加し、
その後、日本の総会長夫妻、地区長、
本部の責任者が朝食の場に参席しました。

私にとって、漢南洞公館での真の父母様との食事は、
後にも先にもこのときだけでした。

その日のメニューは、籠に入った数種類のパンと
スープ、コーヒーでした。

想像していたよりも質素だなと思いつつ、
どのパンから手にしたら良いものかと迷った私は、
真の父母様が召し上がるパンを食べようと考えました。

すると、真のお父様は黄緑色のよもぎパンを取って
口にされたのです。
そこで、私もよもぎパンから食べました。

食事の時間が静かに過ぎた頃、
皆が自己紹介し、名前と役職をお伝えしました。

その後、一人一人、席を立って真のお父様の横に立ち、
自分の名前を申し上げると、
お父様が、その名を前日の大会のパンフレットに書き込み、
サインして手渡してくださったのです。

そのとき、私以外の参加者は韓国人だったので、
名前を言うと、真のお父様はすぐに
ハングルで書き込んでくださったのですが、
私は日本人であったため、漢字も伝える必要がありました。

そこで、名刺を差し出しましたが、これが大失敗でした。
当時、真のお父様は84歳と、ご高齢でした。
朝食会の場に老眼鏡など準備されているはずもな く、
お父様は裸眼で私の名刺をじっと見詰められました。

しばらく静寂の時間が経過したので、
私は 「ハングルでイシオと書いてください」
とお願いしました。

しかし、お父様は、その後も、
名刺をじっと見詰めては一文字ずつ書くことを
4度も繰り返して、
「石尾豪志」と正確に
パンフレットに書き込んでくださったのです。

私は本当に感謝しました。
真の父母様が真心込めて書き込んでくださったパンフレットは、
永遠に変わることの ない「父母の愛」 の証しです。


上記の2つのサインは、そのとき、その場に
私が日本の代表としていたので、
私が頂きましたが、誰であっても、
そこにいれば、真の父母様が真心込めて
サインしてくださったことは言うまでもありません。

時間的、空間的な条件さえ許せば、
共に世界のために苦労する食口の一人一人に、
名前を書き込みながらサインしてあげたい、
そんな親心、父母の愛にあふれた、真の父母様です。

特に日本食口の名前は、一文字一文字を、
丁寧に、真心込めて書き上げてくださるのです。

人類の代表として私たち一人一人を
大切に愛してくださる真の父母様と共に、
み旨を成し遂げましょう。

石尾豪志
真の父母様との小さな出会い
世界家庭12月号2022


サインをされるのも、
愛情の表れなのだ、と感じました。

何度も名刺を見ながら、
サインをされるお父様。。。
その姿が目に浮かびます。

そして、そこに『私』もいるのだ・・・
と思いつつ、今日も頑張っていきたいと思います。


にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)


この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック