2022年12月18日

私たちは天国に入れるのか 無数の関門で、善悪の重量チェック 《霊界メッセージ》




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李相軒(イ・サンホン)先生の
霊界からのメッセージ
「霊界の実相と地上生活」を
久しぶりに紹介します。

霊界のさまざまな様子、真実の姿が解説されていますが、
今日は、「天国の関門」です。

第一部 霊界の実相と地上生活
第三章 原理から見た霊界の暮らし
五 天国理想と天国の関門
天国の関門
天国に入ってくるまでには、通過すべき門が多いのです。
天国は自分が生きていた人生の実を取り入れる倉庫です。

ここでは、どれくらいの賞金をもらうことができる
袋になるかという、重量を量ってみるのです。
すなわち、善と悪の重さを比較してみるのです。

地上での暮らしが誰のためのものだったか、
ということが問われます。

すなわち、@神様のための人生だったか、
A自分個人のための人生だったか、
Bどのような国家観や世界観で地上に何を残してきたか、
ということが問題となります。


また、通過すべき関門が、あまりにも多いだけではなく、
詳細に細部に検査されるようになります。

まるで、漢江(ハンガン)の水が消毒薬で浄水されて、
(こ)してまた濾して我々の食卓に来るように、
天国に入ってくるまで通過すべき関門が多くあります。

守衛のおじさんのような方が立って、
あなたは何番ホームに入るかと聞くのではありません。

自分自らが、まるで磁石に引かれていくように、
あちこちを通過しながら行くようになるのです。

その関門を通過するたびに、
自分の犯した罪のために拒否されるとき、
その苦痛は本当に形容しがたいほどに苦しく、
不安であり、恥ずかしいのです。

通過する所々に階層があります。
我々が地上でいうように
天国、楽園、地獄に区分するだけではなく、
階層が多いのです。


では、どのようにすれば、無事に通過して
天国に来るのでしょうか。

自分の罪のために通過できない階層があるなら、
そこで払うべき蕩減(とうげん)の期間が過ぎてこそ、
神様の特恵をはじめ、後孫の功労、祈祷、献金、奉仕などの
善なる条件で通過することができるのです。

真の父母様が来られて、全体の関門の通過基準が
新しく立てられるのを望みながら、
霊界人たちは待っています。

父母様の仕事が多くならないかと、
甚だ恐ろしくなります。
(1997年8月4日)

李相軒(36家庭 1914〜1997)
(光言社刊『霊界の実相と地上生活』
【霊界の様相編】より)
第一部 霊界の実相と地上生活
第三章 原理から見た霊界の暮らし
五 天国理想と天国の関門

霊界の実相と地上生活(22)
天国の関門(blessed lifeより)


天国・・・
誰もが行きたいところです。

しかし、簡単に
みんなが行けるわけではないようです。

邪心や自己中心的な思いをもったままでは、
天国に行くことはできないといいます。

透明な心をもたなければならない。。。

文先生は、天国は
「プライバシーがない」ところだと語られました。

私たち人間には、もともと神様に通じる部分が
誰にもあります。

私たちの中の善なる心を磨き、
神様と通じる部分、良心に
従っていきさえすれば、
天国に入ることができると言われています。

そのためにも、為(ため)に生きる生活、
真の愛の人生を送ることが
何よりも重要だと思います。

口先だけの自分にならぬよう、
良心に従って生きる努力をしていきたいです。




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posted by ten1ko2 at 08:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 霊界 霊人と共に歩む生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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