2023年01月30日

感情を抑え、フタをしてきた私が知った事実、良心はいつも叫んでいる! 《自己牧会プログラム》




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良心は
第二の神様です




自己牧会プログラムの体験談、
「良心はいつも叫んでいる」を紹介します。


(女性 30代)

私はずっと、自分の心を主管するというのは、
自分の心にフタをすることだと思っていました。

湧いてくる自分の感情を抑えて
コントロールするのが
当たり前だと思っていたのです。

その結果、私は素直な喜怒哀楽を
表現しなくなりました。

良かれと思ってそうしているので、
本当はそれで苦しんでいたということも
分かっていませんでした。

ですから、自分の気を紛らわすことに一生懸命で、
「とにかく動く」ということで生きてきたように思うのです。

このように、自分の心に
しっかり向き合うことをしてこなかったので、
私は自己観察、内省が苦手でした。


そんな私が自己牧会プログラムに出合い、
「自覚を取り戻す」ということを学びました。

心に浮かぶ思いを一つ一つ実況中継して
客観視していくようになってから、
だいぶ楽になったと思います。

自分の心と向き合う時は苦しい、
面倒だと感じることもありますが、
その先には良心との出合いが待っています。

行動で気を紛らわせるよりも、
良心と対話する方がすっきりすることが
分かってからは、心と向き合うのが
嫌でなくなりました。


良心と対話する中で、
「良心はいつも叫んでいる」
ということが分かりました。

私の幸福のためにずっと呼びかけてくれていた
「第二の神様」がこんなに近くにいたのに、
それを無視し続けていたと知り、
愕然(がくぜん)とするような、
申し訳ないような、ありがたいような気持ちです。


このようなプロセスを通して、
自分の気持ちをきちんと整理していかないと、
本当は一歩も前に進めないんだなと、
ようやく分かりました。

これまでの、進めば進むほど
心が重くなる歩みから、大きく転換できました。

何かあれば実況中継、自己観察、
自覚を取り戻して、光を送って…
という習慣が身に付き、
心が少しずつ成長していくのを感じています。

私の心の中にいる神様 158
良心はいつも叫んでいる
(blessed lifeより)


感情を無理に抑えても、心を
主管(コントロール)することにはならない。
心が解放されなければなりませんね。

逆に、自分が感情に支配されるとき、
客観的に物事を見つめることができない、と感じます。

感情にコントロールされると、
周りがわからなくなります。

納得がいかなくなると
その思いに支配され、
解決するまで、感情に押し流されます。

この証しの方とは、逆ですが、
しかし、決して良くないパターンだと思います。

感情を抑える、感情に流される、
どちらも、本当の意味で
私たちが求める姿ではないでしょう。

自分を冷静に見つめるためにも、
しっかりと「第二の神様」である、良心に心を向け、
自分自身の本当の心を取り戻す、
そんな時間が、誰にも必要であると思うのです。




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posted by ten1ko2 at 08:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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