先日掲載した、梅本先生の証しの続き、
世界家庭のシリーズ「慕わしき わが主、わが父母」
より、今日はご夫妻それぞれの
1967年夏に真の父母様(文鮮明先生ご夫妻)が
来日された時の証しの部分を紹介します。
☆
“貴く畏れ多い” お父様との出会い
勝子さん:私が、初めて真のお父様にお会いしたのは、
一九六七年七月十二日、福岡巡回に来られたときです。
それは、ちょうど私が伝道師として最初の任地、
鹿児島に赴任して十か月たった頃のことです。
鹿児島駅から兄弟姉妹と共に夜行列車に乗り、
翌朝早く博多駅に着きました。
真のお父様を お迎えした場所は、
日本庭園付きのりっぱな邸宅風の社宅でした。
大先輩が精誠を尽くして伝道した方の
ご厚意により、お借りすることができたそうです。
三十畳もある大広間には、 九大生を中心に
全九州から集まってきた兄弟姉妹百人ぐらいが集いました。
ほとんどのメンバーが、真のお父様と
お会いするのは初めてでした。
お父様は、みんなの緊張した心情を
解きほぐすかのように、何度も聖歌三十九番
「園の歌」を歌わせ、 時には速く、
時にはゆっくりと歌うようにリードされました。
どれぐらい歌い続けたでしょうか。
皆の心情が解放されて一つになったとき、
お父様はみ言を語り出されました。
ところが、私は真のお父様の日本語が
ほとんど聞き取れず、自分自身の心霊と
知能の低さを 痛感しました。
そのときの私は、お父様を再臨のキリストと
意識するあまり、ただただ貴く畏れ多いお方だ
という思いが強く、身近なお父様という
イメージを持つことができませんでした。
ですから、夫のように真のお父様に質問するなど、
考えられませんでしたね。
真のお父様にお会いしてから一週間後、
七月二十日から四十日夏期開拓伝道が始まりまし た。
任地はくじ引きで決めるのですが、
私は福岡県の飯塚市になりました。
たった一人で開拓伝道に行くのは不安だな
と思ったとき、次のようなお父様のみ言を思い出しました。
「ある町に伝道に行ったら、
その町の誰よりも早く起き、
誰よりも遅く寝るような心情で、
その町の人のために祈り、
尽くしていけば伝道される人が出てくるよ」
☆
私は、このみ言を胸に秘めて飯塚開拓に出発し、
また開拓中もこのみ言に励まされて
四十日間を歩むことができました。
その結果、一人の姉妹が伝道され、
やがてその家族も復帰されたことによって、
飯塚の伝道所は継続することになり、
その後、公認教会となりました。
しかし十数年前、飯塚教会は
他の教会に吸収されてしまいました。
それでも、あのときは、
真のお父様のみ言と祈りに支えられて
伝道できたと、今でも、感謝しています。
☆
憲二さん:六七年六月十二日、真のお父様は、
真のお母様、ご子女様と共に来日し、
八月十日まで滞在して、全国を巡回されました。
このとき、私は四国教区本部
(高知教会)の総務部長をしていました。
真のお父様は、七月十日午後、
大阪から飛行機で高知に到着されました。
高知教会では四国全体から四十人近い食口が集まり、
お父様をお迎えしました。
お父様は連日の巡回でお疲れだったと思います。
それでも夕食を挟んで深夜十二時近くまで、
心情を注いでお話ししてくださいました。
☆
翌朝(11日)は、聖地のある
城山の山頂で和動会が行われました。
そこでは、真のお父様を囲んで
食口たちがフルートやギターの演奏、
また歌を歌うなど、楽しいひとときを過ごしました。
ところが一人の浮浪者らしい人が現れ、
後ろの方に立ってみていて、
その場を離れないのです。
私たちはせっかく、真のお父様との楽しいひとときなのにと、
内心困っていました。
すると、お父様は彼にも食べ物(和動会のお菓子)を
持っていってあげなさい、
という身振りをされたのです。
そのとき、それまで抱いていた
自分の心の狭さにハッとさせられ、
お父様の心の広さ、愛の深さに心打たれました。
真のお父様は、まさしく全人類の真の父母様でした。
「慕わしき わが主、わが父母」
世界家庭8月号
世界家庭8月号
☆
再編集 文責:ten1ko2
草創期の先輩の証しは、本当に貴重です。
私たちもその場にいたなら、
同じようにお父様の一挙手一投足、
そして、その行動に注目したでしょう。。。
浮浪者らしき人に対されたお父様、
まさに人類の父母たる歩みをされました。
そんな父母様が、私たちの
真の父母であることに感謝します。
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
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