2023年09月15日

魔法のように一瞬で創られたのではない 宇宙すべてが愛の結晶 《夜の神様☯昼の神様》



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入山聖基・伝道教育局副局長の
「夜の神様、昼の神様」の講座を
コンパクトに分けて紹介する2回目。

天地創造前、ビッグバン以前の
宇宙の設計段階での神様を、
「夜の神様」と表現していますが──

夜の神様の世界(中)

それでは、夜の神様の心情世界とは、
どのようなものなのでしょうか。

 
神様がアダムとエバを造るとき、
お化けのようなものが妖術を使うように、
一言のみ言で造られたのではありません。

自分のすべてを投入し、解産(出産)の苦労以上の
あらゆる苦労をされたというのです。
それを知らなければなりません。

神様も、アダムとエバを造るために
解産の苦労をされたのです。

……創造の役事をするということは、
力の投入を意味します。
創造という力を消耗させるのです。

神様は、そのように投入されたのですが、
どれほど投入されたのでしょうか。

人々は、聖書を見て、神様がみ言で
『こうなれ!』と言われて簡単に創造した
と思っていますが、そうではありません。

ここには、真の生命を完全に投入し、
真の愛を完全に投入し、
真の理想を完全に投入されたというのです。

100パーセント投入することにより、
なかったものが生じてくるのです。

(『神様の祖国解産完成』124〜125ページ)

夜の神様の時代に、限りない愛が投入されたのです。
神様は、何もないところから創造する
“生みの苦しみ”を通過されました。

創造のゴールは最初から決まっていました。
それは、ご自身の実体であり、
わが子となる人間をつくることです。

神様にとって、人間をいかなる姿にするか、
人間が暮らす環境、宇宙をいかにつくるかがテーマでした。

こうして、人間の姿が形づくられ、
光を中心に宇宙がデザインされました。
その過程には神様の愛と情熱が完全投入されています。

宇宙の太初に起きたビッグバンや、
太陽系の中心にある灼熱の太陽、
地球内部のコア(核)や地表に噴出するマグマなどは、
その愛と情熱を象徴しているのではないでしょうか。

 
この宇宙は、聖書にあるように、
神様の『さあ万物よ、生まれなさい!』
というひと言で、瞬く間にできたのでしょうか?

もしも、そうだとするならば、
それは価値がありません。
愛すべき価値がないというのです。

つくるために苦労し、
つくるために精誠を尽くしてこそ、
深い心情や深い因縁が結ばれるのです。

何かを買ったとしても、待ちに待って、
探しに探して、まごころを込めて
買ってくれたものと、まごころを込めないで、
いいかげんに買ってくれたものとでは、
価値が違います。

ですから、神様は精誠を尽くさずに、
ひと言で創造したのではありません。

(『父が聞かせてくれる愛の話
─2 神様のプレゼント』35ページ)

神の創造は、簡単に一言で成されたのではなく、
産苦を超える投入によって成されました。

夜の神様の限りない精誠と心情投入の果てに、
ついに天地創造の設計図ができ上がり、
私たち人間の姿かたちがつくられたというのです。

建造物は、設計図に従って建てられています。
東京スカイツリーのように巨大な建築物には、
膨大な計算が施された設計図があるはずです。

このように、何事にも実体の前には構想があり、
実体が複雑であればあるほど、
緻密に練り上げられた設計図があるのです。


この世には、素晴らしい建築物が数え切れないほど
存在しますが、神様の構想は、
それらの設計図と違う点があります。

超高層ビルを建てることができる現代人でも、
小さな朝顔の種一粒をつくることはできません。

朝顔は、光と水、空気が適度にあれば、
種から芽を出して根や茎を伸ばし、
葉をつけるなど、形態を変化させながら
自律的に成長し、花を咲かせます。

つまり、空間や時間までも考慮して
種が設計されているということです。

宇宙は、光や空気から小さな花の種に至るまで、
大きな一つの設計図で描かれています。
これが、正に神様の創造のみ業です。

そこには、気が遠くなるほど膨大な精誠が
積み重ねられ、愛が投入されているのです。

そうであれば、一人の生命を生み出す背景には、
どれほどの精誠が込められているのでしょうか。

しかも、人間は皆、唯一無二の個性体です。
その中の一人が「私」なのです。

私たちが人間として地上に生まれたとき、
すでに世の中には、必要なものが全て
整えられていたと言えるのではないでしょうか?

「夜の神様、昼の神様」
伝道教育局副局長 入山 聖基
「夜の神様の世界」

シリーズ中級講座 36
夜の神様、昼の神様<2>
https://www.kogensha.jp/news_app/detail.php?id=20978
(Blessed Lifeより)
再編集 文責:ten1ko2


夜の神様がおられた夜の世界は、
ただ何もなかった「無」ではなく、
「有」を生み出すために、
必要不可欠だったというのです。

少し話題が変わるかも知れませんが、
目に見えない世界で行われている仕業も
必ず日の目を浴びる時がきます。

真の父母様の歩みがそうでした。
神様を証しするために、真実の道をいかれました。

今も、誤解される部分もありますが、
神様の解放と人類幸福のための道を歩んでおられます。

私たちも真実の道を歩んでいます。
夜の神様のごとく、
精誠の道を歩んでいます。

いつか、真実を知らない人たちにも
わかってくださる時が来ると信じてやみません。。。

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