2023年09月10日

闘い続ける人生に、ふと疲れを感じたときに 《自己牧会プログラム》



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本日は、拉致監禁のシンポジウム(2回目)が行われます。
皆さん、視聴をお願いします。

自己牧会プログラムの体験談。
今日は、「闘い続ける人生に疲れを感じて」です。

(男性 20代)

今まで私は、み旨に完全投入しながらも、
先輩や後輩の足りない点を見つけては、
裁くことを繰り返していました。

そうして裁いては、そのことを
教会の責任者に相談し、
「こんな私ではいけない」と
涙で悔い改めるという
「闘い」をしていたように思います。

それは、「こうでないと伝道が導かれない」
「復興する文化を創らないと導かれない」
「伝道勝利のためには一体化が必要だから」
という感覚で、勝利という目的を中心として
頑張っていたからだと思うのです。

そういう歩みの中でも神様が働いてくださって、
たくさんの恩恵を受けてきましたが、
周囲や自分の堕落性と「闘い続ける人生」なのかと、
少し疲れを感じていたのも事実です。

自己牧会プログラムに取り組んでみて、
私が正しいといって何かを否定するという習慣は
本性に合わないということが、
だんだん分かってきました。

青年寮で共に暮らす兄弟(教会の信徒)たちは、
本当に掃除をしない人たちです(笑)。

以前なら「これでは伝道勝利どころではない」
と言って、環境主管をしない兄弟たちを
心で裁きつつ、また自己嫌悪に陥る
という悪循環でした。

でも本当の私は、仕事や学業で多忙な兄弟たちを
喜ばせたいし、支えたいと
思っていることが分かって、気持ちが楽になりました。

純粋な心情で投入できるようになってきたことに、
人生の大きな転換を感じるし、
自分自身の本性に感動しながら歩んでいます。

平和と喜びの心情を中心とした生活が、
私たちの目指したい世界なんだなと思います。

そのことに気付かせていただいたことに
感謝しています。

私の心の中にいる神様 190
闘い続ける人生に疲れを感じて
(Blessed Lifeより)
再編集 文責:ten1ko2


家庭連合の信仰をもつ人たちは、
きっちりした信仰観、原理観ゆえに
正義感が強かったり、奉仕精神が旺盛だったり
するかと思います。

ともすれば、正義感や信仰観にがんじがらめになって、
それが自分自身や、人への批判に
向いてしまいがちでもあるかもしれませんね。

また、信仰をもつ子どもたち、いわゆる宗教2世、
家庭連合の2世たちが、思いのほか
「自己肯定感」が低いと聞いたことがあります。
それは、1世も同じではないでしょうか。

この2世の青年のように、
「闘い」の人生から、私たち自らを解放してあげて
自分を愛して認めてあげることも
必要ではないかと思うのです。






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posted by ten1ko2 at 09:54 | Comment(0) | TrackBack(0) | 自己牧会プログラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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