2024年06月20日

祈らないと死んでしまう?! 難しい時ほど、心を合わせて祈りなさい 《答えを得られる祈祷1》



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開始30分前まで台風の大雨、中止の危機、その時…!


以前、天寶修練会で語られた
チョン・ユサン教育局長のお話しがよかったので、
何回かに分けて紹介します。
「答えを受けられる祈祷をしよう」第1回目です。


食口の皆さん、お元気ですか 。
「答えを受けられる祈祷をしよう」
というタイトルで恩恵を分かち合いたいと思います。

まず真の御父母様のみ言を訓読いたします。

「食口達がいかなる公的な責任を負い、
任務を遂行する上で困難にぶつかり、
自分一人で解決できない問題がある時は、
水行をして天の前に祈祷しながら
尋ねると教えてくれるのです。

すべてを天に任せて頼る中、
祈る心を持って歩むならば、
直感を通して自分の行く方向を提示してくれるのです」



我々はなぜ祈るのでしょうか?

人間は堕落によって神様との関係が断絶されました。
祈祷とは神様との関係を回復するための、
霊的な呼吸のようなものなのです。

呼吸が我々の命を維持するために必要なように、
祈祷も我々の霊魂を生かすために必要不可欠です。
呼吸は私たちの体から出た二酸化炭素を外に出し、
新鮮な酸素を供給するように、祈祷も同じです。

祈祷は二酸化炭素のような、
私たちの不安、焦り、憂い、心配、良くない思い、
そういったものを消して、喜び、信仰、希望、愛、勇気、
こういった新たな力をくれる霊的な酸素を供給してくれます。

ですから呼吸は少しでも止まると死んでしまうので、
我々は、「絶えず祈りなさい」と言われた聖書のみ言を、
もう一度深く考える必要があるのです。


2番目に祈祷は霊的なエネルギーを供給してくれます。

霊的な呼吸をするとき、神様から霊的なエネルギーの供給を受けます。
祈祷を通して無限なる力を受けるのです。
乾いた地に雨が降って豊かな土地になるように、
祈祷は我々の心を豊かな土地に作り変える雨のようなものです。

したがって深い祈祷をする人を見ると、
霊的に非常に充実した人生を生きていることが分かります

そして真の御父母様は、祈祷は
不可能を可能にすることができるとおっしゃいました。


この写真を見ましたか?
1976年、ヤンキースタジアム大会を準備するポスターです。

この時、アメリカは建国精神を失ったので、
真の御父母様はアメリカ独立200周年を記念して、
アメリカの建国精神を覚醒させる大会を準備されたのです。

ところが大会開始の2時間前に、台風と大雨が吹き荒れました。
その勢いは大会の30分前まで止みませんでした。

大会を準備した準備委員会では、到底この大会は進行しようがないので、
「次回に延期しましょう」と申し上げたのです。

その時、真の御父母様は
「時間はあとどれくらいある」と尋ねられ、
「30分ほどあります」
「まだ30分もあるのに諦めると言うのか?」

(そして、お父様は)
「この大会は天の父母様がアメリカを生かすための、
延期することのできない恩寵なので、
必ずこの大会を成就させなければならない、
だから全てのスタッフは集まって合心祈祷をしなさい」

そう言われて数百人のスタッフが集まり合心祈祷をした、
そのような時間があったという事を
先輩家庭の方達はよく覚えておられると思います。

しかし、驚くべきことに、大会が始まる時間になると、
雨は止み、アメリカ市民5万人がどこから集まってきたのか、
どこからともなく押し寄せて来て、
会場がいっぱいになる、驚くべき奇跡の大会となりました。


ですから真の御父母様はこう語られています。

「先生は祈祷を最も威力のあるものだと信じています。
不可能を可能にすることができるからです。
難しい問題があるときは、祈祷を通して解決しなければなりません」

しかし難しい問題が起こるとうろたえてしまい、
祈祷できない場合が多いのです。
しかし難しい問題ほど天の前に祈祷を通して、
解決するべきだと語られているのです。


真のお母様は1月10日アメリカのIPECで
こんなみ言をくださいました。

「私は神霊と真理で歩むと言いました。
ですから私は天心苑を重視するのです。

自ら天の前に祈祷して解決し、
答えを見つけなければなりません」
そうしてみ言をもらうようにしなさいと言うのです。

今は自ら答えを探す時代です。
すでに霊界圏はそう動いています。
霊界は今自動役事です。

今日先ほど行ったこの解怨式も、これから行われる祝福式も、
霊界のシステム、自動システムになっているので、
自動的に行われるのです。


ですから今日我々に問題があることも、ここで我々が自ら解決できる、
霊的な扉が実は開いているのです。

誰かに頼る必要は本当はないのです。
我々が自らをきちんと知れば、
全て感じる事ができるようになっています。

私はここに問題がある。
私は霊的にこういった問題を抱えている。
そういった点を一つ一つチェックしていけば、
自分でそういった問題を整理することができるのです。
自分で我々はそうなるべきなのです。

そういった神霊、霊界が協助できる共鳴圏を成して生きる時、
神霊の役事が私の中で起こるのです。

そんな基盤の上にみ言を受けてこそ、
み言が私の栄養分になるのです。

ー特別講義ーチョン・ユサン教育局長ー
1620回孝情天寶特別修練会(2024-1-20)
再編集 文責:ten1ko2


「誰かに頼る必要は本当はないのです。
我々が自らをきちんと知れば、
全て感じる事ができるようになっています。」
局長が語られていますが、
本当にそうなのだな、と思います。

本心(良心)は第2の神様なのです。
しかし、良心は、日々の習慣性、堕落性にまみれ、
心の中に閉じ込められている状態です。

その良心を目覚めさせ、引き上げ、
本来の状態にするために、
天心苑徹夜精誠、祈祷の精誠があるのです。

幼く、足りない者にも、
良心の叫びがあるのだ、ということを知って、
もっともっと精誠を捧げていきたいです。

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posted by ten1ko2 at 09:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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