2025年01月26日

裏切られても決して裏切らない 信徒たちのために日に3度祈られた主 《金元弼先生》



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平壌刑務所にて、まさに興南が近づいていましたが、
ご自分を案じる祈りはされなかった
お父様(文先生)でした──

金元弼(ウォンピル)先生のみ言。
「食口(シック)のために祈られる」です。


平壌に残った人たちはどうなったでしょうか。

多くの食口(信徒)がいましたが、
若い青年は五、六人しかいませんでした。
あとは全部婦人や壮年の方々でした。

(文)先生が四六年に平壌に来られて、足かけ三年になります。
実際は一年ハカ月ですが、足かけ三年です。
(1946.6.6〜1948.2.22
 平壌刑務所に送られたのが1948.4.7)


最初に霊能者たちが入ってきて、
「三年後には、先生はこの世の中に顕現する」と
何人もが同じことを予言しました。

私も、三年後に先生は現れるんだと
本当に信じていました。

それは、天国が実現されることだと思っていましたから、
メンバーは、その時になったら勉強も職業も
何も必要ないと考えたのです。

皆さんもそう考えたことがあるでしょう。
その時の食口たちは、全員そうした雰囲気でしたので、
いくら迫害があっても何も問題ではありませんでした。

しかし、先生は我々に
そういう話をされたことはありませんでした。
そういう啓示をなぜ受けるか
ということをよく御存じだったからです。

「三年後に顕現する」ということについて、
先生のお考えと啓示を受けた人との考えには
大きな隔たりがあったのです。

啓示を受けた人は、
自分を中心として神の啓示を考えました。
それは「お前がメシヤだ、主である」と啓示を受けたとき、
その人は自分がメシヤと考えるのと同じことです。


再臨の主を迎える準備の集団(腹中教)について
お話ししましたが、
幹部が集まろうとしたのではないけれども、
投獄というかたちで集められた時に、
「お前たちを迎えるだろう」という啓示に対して、
彼らはメシヤが来て彼らを迎えると考えたのでした。

本当にそう信じていたのです。
ところが現実は、メシヤが来て彼らを迎えたのではなく、
共産党の官憲が来て迎えたのでした。


三年の後には、反対のことが起こり、
先生は牢屋に入られたのでした。
それで霊能者たちは、「三年後には現れると言ったのに、
どうして牢屋に入るようになったんだろう。
私の啓示はなぜ間違ったのだろうか」
と天の教えを疑い始めたのでした。

この疑いが発展していきますと、二〇〇〇年前のイエス様は、
イエス様を捕まえようとした人の目をくらまして、
危機から逃れることができたのに、
先生は官憲が来たときに、あらかじめ知って、
その目をくらまして逃れることをせず、
なぜ連行されてしまったのだろうか
という思いが募ってきました。

そして、「私が受けた啓示が間違っているのだろうか。
人々がお前の啓示はサタンから来たのだと言ったごとく、
私が間違っていたのだろうか。
本当に神が教えてくれたものであろうか」
とこのように発展していくのです。

 
霊能者には、神のみ言、啓示を受けたら
必ずこれを実体化し体得するということが
非常に大切なことです。

神霊は真理の基盤の上に立たなければなりません。

ところが、真理の基盤をもたないで、ただ神霊だけという人は、
ちょうどめくらの人が鈴の音を聞いて歩いて行くようなものです。
鈴の音が止まったら、
その時には方向が分からなくなるというのです。

啓示というのは、いつもいつも教えてくれるものではありません。
メシヤに対する重要な啓示は、疑いをもった時に、
「いやメシヤだ」と教えるようなものではありません。

一度教えてから、み言に従わないときには、
反対の言葉を通じて教えるのであって、
再びそれを繰り返して教えるものではありません。


ノアに神が教えたときにも、ノアに難しいことが起こったら
また教えてあげるといったものではありませんでした。
一度しかありませんでした。

モーセにしても同じです。
イスラエル民族をエジプトからカナンの地に導きなさい
と教えているけれども、途中でこんなことが起こるだろう、
そしたらこういうふうにしなさいと、一つ一つ教えてはいません。


私は後になってつくづく感じましたけれども、
先生は牢屋の中で、食口たちがみんな疑いをもって、
先生を裏切ることをよく知っておられたのです。

しかし、先生は一日も欠かさず、
一日に三度私たちに対してお祈りを続けてくださいました。
一人一人を思い描きながら、その人のためにお祈りされるのです。

普通「お前と私は死んでも一緒に行こう」と約束します。
そしてそういう間柄の人であっても、ある時に裏切られたら、
「お前が私を裏切ったんだから、私もお前を裏切る」
というのが普通の人の対人関係です。

しかし先生は、先生に誓った人が先生を裏切っても、
その人を決して裏切らなかったというのです。

I 平壌開拓から興南解放
第三章 興南監獄での伝道
「食口のために祈られる」

信仰生活シリーズ 6
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」 
金元弼(1998年7月1日発行)
*『信仰と生活第二集伝統の生活化』を改題


1948年当時、真のお父様はまだ28歳でした。
その頃から、食口たちに対して、
裏切ったとしても、一切そのことを気にされず、
変わらない愛情で祈りを捧げていかれた、
その心情の世界は本当に素晴らしいものだ、と思います。

真の愛を持たれた、真の父母様である、
本当に実体で示してくださっておられると感じます。

一日に三度も祈られた真のお父様。。。
私たちも、相続しなければなりませんね。

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posted by ten1ko2 at 08:20 | Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
先生のお顔は拝見するに嫌な気持ちには一切ならず、心があたたまる様です。
科学が急速に発展したのは、メシアのお顔と映像を永遠に後世に残せる為なんですね。
Posted by ラグナー at 2025年01月26日 11:53
韓半島にはヤコブの息子ダン族が日本列島にはミカドのガド族が来たと言われてますが、ハンもムンもダン族の末裔なのかも知れませんね。
日本と韓国は兄弟です。
Posted by アビシャイ at 2025年01月26日 20:37
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