2024年06月14日

まるで魔法のよう、雪景色に満開の桜と紅葉──天上の植物の姿 《李相軒先生*霊界メッセージ》



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李相軒(イ・サンホン)先生の「霊界からのメッセージ」
今回は、『植物の世界』です。


神様が人間を創造なさる時、すべての万物を
人間のために創造されました。
植物も、ただ人間のために造られたのです。

地上生活において人間は、
休暇シーズンになれば山や渓谷や海に行きます。
それは自然に接しながら、人体にたまって
様々な害になる要素を除去しながら、
精神を療養するためです。

これは、やはり霊界でも同じです。

霊界にもいろいろな次元の美しい自然があります。
その種類は列挙するのも大変なくらいに多様です。

地上では植物園、公園、休養地などで美しい花や木、
いろいろな植物をよく見かけるでしょう。
しかし、天上の植物は美しく、地上のそれとは比較できないほどです。


花や木、名も知らぬ雑草など、それらの美と調和は
地上とは著しい差があります。
中でも、特に差があるのは色合いの調和です。

すべての植物は、美そのものです。

その場に人間が共にいると、植物は
自らの固有の特性によって、より一層麗しく
美しい色と香りを発するようになります。

植物は、人間の心の状態に自ら進んで感応してくれます。
あるときはゆらゆらしたり、
あるときは自然に人間を優しく包んでくれます。

植物は、人間の香りを嗅ぎながら生きているように思われます。
人間がそばに寄ってくると、植物はおのずから
多様な姿を表現して自らの姿形を自慢し、
その人の心に感応して固有で魅惑的な香りを発散します。

このような天上の万物を見つめていると、
人間はたちまち恍惚(こうこつ)の境地に入ってしまいます。

 
地上においては春夏秋冬という
四季による変化がはっきりとしていますが、
霊界においては人間の心によって春が訪れたり、
夏が訪れたりと、季節の多様な姿を現しています。

例えば、雪の降る真っ白な草原が見たい
と思い立った瞬間、その人は一瞬にして
広く真っ白な草原に立つ自分自身の姿を発見します。

では、当事者以外の人もこのような姿を
見ることができるのでしょうか。

その人の心情にかかわらず、見えることもあるし、
見えないこともあります。
しかし、地上と違う点は、四季の期間が
一定に定まっていないという点です。

そのため天上には常に美しい季節が続くこともあります。
人間一人一人が自分の望みの季節に、
業務や読書や休養などをすることができます。

地上においては美しい紅葉は秋にしか見ることができませんが、
天上ではいつでも美しい紅葉を見ることができるのです。

人間の心の状態によって木そのものが美しい紅葉に染まるし、
木や花や草などが人間の心に共鳴し、
色とりどりの紅葉に変わったり、
草原に変化したりします。


ここは私の知性では表現し切れない部分があまりにも多いのです。

ここではいつも美しい四季の姿を見ることができます。
明らかに夏なのに、雪に覆われたような木の枝や花がありますが、
それを触ってみると雪ではないのです。

そして冬でもないのにやせこけた木の枝があったり、
夏にもやせこけて枯れたような木が現れることもあります。

童話に出てくる魔法使いみたいな話だ、
と表現すればいいのでしょうか。

このような植物の姿を見ると、
人のいない閑静な所に生きる木の葉の色と、
人と常に接する所に生きる木の葉の色が特異なのです。

後者の木は前者に比べて
非常に多彩で魅惑的な香りがするし、その姿も多様です。

ここでは、やせこけて枯れた姿は、
ほとんど見つけることができません。


天上での美しく多彩な自然の姿を
一度も経験していない地上人に説明するのは、
本当に難しいものです。

李相軒にとっても説明しにくいのですが、
ましてや一般の地上人に、どうしてこの現象が理解できるでしょうか。

結論的に言うと、天上の自然の美しい姿は、
まるで魔法使いが魔法を使うように変化に富んでいます。
それは、人間の精神を完全に魅了するほど美しいのです。

このような植物の固有な特性と様態は、
天の父母(神様)が子女たる人間のために
つくっておいたもので、まるでおもちゃのようです。

「天の父母様、ありがとうございます。
私たちを創造する前に、子女である私たちのために
こんなにも美しく、麗しく、かぐわしいおもちゃを、
至誠と精誠を込めて造ってくださり、
天の父母様、本当にありがとうございます」と、

私たちは喜びを天の父母様に帰すべきです。
私たちは、天の父母様の子女としての道理を
しっかりと立てていかなければなりません。

(1999年12月1日)

第二部 天上天下の救世主・真の父母
第二章 被造世界(宇宙論)
二 植物の世界

霊界の実相と地上生活 43
植物の世界
https://www.kogensha.jp/news_app/detail.php?id=15785
(Blessed Lifeより)
再編集 文責:ten1ko2


天上の植物たちは、『人間の精神を
完全に魅了するほど美しい』
と言われるほどのものだと考えると
見てみたい、という思いがわきます。

しかし、その前に重要なのが、
感性を磨かないといけないし、もっともっと
万物を愛する心情が必要なのかなあと思います。

天の父母(神)様は、私たちに素晴らしい天国を
準備してくださっている。。。

天国人に相応しい人格と心情を
まず磨くことを第一に日々の研鑽が大事だと
改めて思うのです。


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2024年06月04日

地獄にはペットはいない 上流と下流で天地の差、動物たちの姿 《李相軒先生*霊界メッセージ》



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李相軒(イ・サンホン)先生の「霊界からのメッセージ」
今回は、『下流層の動物世界』です。

下流層の動物世界

霊界の下流層においては、
動物の姿を見る機会はめったにありません。

ほとんどの動物が、ある一定の場所に隠れているからです。
一般的にここでの動物は、
人間の声を聞くとすぐに逃げてしまいます。
人を恐れる傾向が強く、人間と一緒にいることを願いもしません。

下流層の動物たちは人の目を避けて通るため、
人間は彼らの姿をほとんど見ることができません。

上流層の鳥たちは「チュンチュン」と、
いつでもどこでも歌を歌っているため、
彼らの姿をいつも自由に見ることができます。

しかし、下流層の鳥は
人が通るとさっと逃げてしまうので、
鳥の歌声をほとんど聞くことができません。

したがってここでは、人間と動物の調和
というものはほとんど見いだすことができないのです。

もしも人間の目に入りでもしたら、
たちまち捕まって食べられてしまうため、
動物は真っ先に人間の目を避けて逃げていってしまうのです。


そして下流層では、動物たちの
恐ろしい鳴き声が時々聞こえてきます。

全く同じ動物でありながら、
どうして上流層では歌声を出し、
下流層では恐ろしい鳴き声を出すのでしょうか。
私は、この点をじっくり考えてみました。

上流層の動物たちは常に、何の恐れもなく、
主人に対する不安感もありません。

誰かが私を捕まえはしないか、銃で撃ちはしないか、
といった恐怖感は全くありません。
しかし下流層の動物たちは、常に追われる境遇にあります。

そのため、ライオンのような恐怖の鳴き声が
現れるしかないのではないでしょうか。

実際、ここでの動物たちの鳴き声は、
上流層のそれとは全く違います。

上流層では平安な声ですが、下流層では
恐怖におののいていて、鳴き声そのものが違います。

動物世界で人間は主管主

神様は、宇宙万物を創造なさる時、
人間を万物世界の主管主としてつくられました。

しかし、誤った歴史が綿々と続くことによって、
人間は主人の立場を喪失してしまったのです。

しかし、本然の世界(霊界の上流層)に立ち返れば、
人間は、神様の創造の法則によって万物世界の主人となり、
堂々とした姿で登場できるのです。

このような厳然たる事実に対して、私たち人間は、
どのように感謝を捧げたらよいのでしょうか。

親なる神様の、子女に向けられた慈愛と愛の前に、
私たちはいま一度感謝を捧げましょう!

そして、本然の世界において主人の姿で堂々と現れ、
神の子としての喜びを神様にお返しする道を歩みましょう!

(1999年11月30日)

李相軒(1914〜1997)(光言社刊
『霊界の実相と地上生活』【霊界の様相編】より)
第二部 天上天下の救世主・真の父母
第二章 被造世界(宇宙論)
一 動物の世界
霊界の実相と地上生活(42)
下流層の動物世界/動物世界で人間は主管
Blessed Lifeより
再編集 文責:ten1ko2


下流層の世界においても、
万物はあるんだな、と改めて思いました。

自然万物は地上の世界以上に、
霊界では、人間の心情の基準に相対して、
存在しているのでしょう。

動物も、植物も、水のようなものであっても、
万物はみな、人間の愛がよくわかるといいます。
そして、愛情というものは、この肉体があるときにこそ、
大きく育てられるとのこと。

ふと、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出しました。
たとえ、クモであっても、命あるものです。
万物を愛したという愛の実績で、
霊界の位置も引き上がることもあり得る・・・

動物たちや、周りの環境など、万物は、
私の心情や、心霊基準を表す鏡なのかもしれません。


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2024年05月24日

霊界に動物はいるのか、第2弾 上流層・中流層の違い 《李相軒先生*霊界からのメッセージ》



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李相軒先生の「霊界の実相と地上生活」
今回は、『上流層の動物世界/中流層の動物世界』です。

上流層の動物世界

霊界の上流層においては、動物と人間が
お互いに何のはばかりもなく自然に生活していて、
まるで一つ屋根の下の家族のように
一緒になって過ごしています。

ここでは、多様な動物たちが人間と共に生活しているのです。

人間の生活する環境が変わるたびに、
様々な次元の動物たちがやって来ては喜ばせてくれます。
人間と動物は不可分の関係になっていて、
人間は動物の真の主人の姿で登場します。

簡単に言えば、人間が動物を従わせるのではなく、
動物のほうから人間を主人として仕えてくるのです。

例えば、犬や鳥やかもなどは、人がいる所にやって来て、
「私の主人は今何をしているのだろう。
私は何をすればいいのだろう」
と考えながら主人のそばで待っていたり、
主人の行動半径に合わせて一緒に動いたりします。

主人が客と話をするときも、
客や主人の頭や手に乗ることはあっても、
決して行儀の悪い行動はせず、
自然な雰囲気を醸し出してくれます。

鳥の歌声、かもの歌声、犬のしっぽ振りなど、
彼らはあらゆるかわいいしぐさで人の頭や肩に
自然に乗ったり、人にもたれて横になったり、
自分の主人の傍らで眠ったりするのです。

その中でも特に鳥たちは、胸に抱かれながら
気持ち良さそうにじっとしています。

このような様子を眺めていると、
私たち人間がこの宇宙世界の主管主の立場で
つくられたということを、
神様にどんなに感謝をしてもし足りません。

中流層の動物世界

霊界の上流層においては、いろいろな次元の
多様な動物たちが、様々な面から人間に対して、
かわいらしいしぐさを誇るように
発揮しながら生活していました。

しかし、霊界の中流層においては
動物の数が上流層ほど多様ではありません。

ここでの人間世界と動物世界の関係は、
地上のそれと似ています。

そしてここでの動物たちは、自らの巣に
一定の範囲が決められていて、
人間に接近する程度や頻度が
上流層のそれとは明らかに異なっています。

ほとんどの動物たちの様子は、上流層のように
自由でも、安らかでも、幸福でもありません。

人間と一緒に過ごすことがあっても、
じゃれたり、すべてをゆだねたりすることもないのです。

このような動物の姿は至る所で見かけられますが、
ここでの動物たちは文字どおり単なる動物にすぎません。

ここでは、人間と動物の違いが画然と現れ、
万物の主管主としての人間の姿は
上流層よりはるかに貧弱です。

ここでの動物は自らの巣で別々に生活していて、
人間は人間の位置で生活しています。

文字どおり動物は動物世界に、
人間は人間世界にいると考えればよいでしょう。

(1999年11月30日)

(光言社刊『霊界の実相と地上生活』より)
第二部 天上天下の救世主・真の父母
第二章 被造世界(宇宙論)
一 動物の世界

霊界の実相と地上生活(41)
上流層の動物世界/中流層の動物世界
(Blessed Lifeより)
再編集 文責:ten1ko2


上流層の動物世界の部分を読んで、
あるキリスト教における天国観が浮かんできました。
天国では、ライオンや猛獣と戯れているのです。

そう考えると霊界で動物と戯れることができる、
とても自然な気がします。

そして何よりも、
自然万物を愛する心情を今のうち、
持たないといけないな、とも感じるのです。


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