2025年03月03日

孝進様が捧げた1万曲は、TPへのラブソング 熱いエピソードの数々 《大塚克己*自叙伝》



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大塚先生の自叙伝。
今回は、孝進様とのエピソード
「真の父母様への孝情を胸に
駆け抜けていかれた文孝進様」です。


真の父母様への孝情を胸に 駆け抜けていかれた文孝進様


1985年、文孝進様がW-CARP世界会長に就任され、
同年7月17日から2日まで東京で開催された
第2回「原理研究会世界大学生総会」のために来日されました。

このとき私は、日本CARPの副会長の立場で、
通訳兼ご案内役として侍らせていただきました。

このときのご縁で、以後もずっと覚えてくださり、
折に触れて声をかけてくださるようになりました。

来日中、大会はもちろん、松濤本部での
歓迎会などでもメッセージを語られました。

私が驚いたのは、どんなときでも泣かれ、
涙や鼻水でぐちゃぐちゃになりながら
語られたことでした。

お若い(当時22歳)にもかかわらず、
真の父母様のご心情をつぶさに理解し、
そのご苦労、その願いに
何としても応えたいという
決意がほとばしり出るようなメッセージで した。


ご存じのように孝進様は、真の父母様に対する
親孝行の心情を、音楽に託され ました。

音楽と言っても伝統的なクラシック
などではなく、ロックでした。

当時は、ロックと言えば、激しいビートで、
身を反らせ、顔をしかめながら歌うなど、
抵抗を感じる人が多かった時代です。

特に教会内では、「堕落文化の象徴」のように感じて、
理解に苦しむ人も少なからずいたと思います。


ところが真の父母様は違いました。

真のお父様は孝進様の音楽をお聞きになったとき、
「ああ、これは孝進の先生に対するラブソングだね。
親孝行の気持ちを表したものだね」とおっしゃったそうです。

真の父母様にはそれがさっとお分かりになったのです。


そこで私は、日本の食口たちに
孝進様の心情世界を少しでも理解してもらおうと、
CARPのスタッフと協力して、韓国語の歌詞を
日本語に翻訳し、詩集として出版したのです。

音楽抜きで、歌詞だけを読んでいくと、
「これはお祈りだ」
「こ れは説教だ」
「これは親孝行の心情だ」と分かるのです。

また私は、孝進様の曲を礼拝や
集会のときに流せないかと考えま した。

そこで、音楽を専門にしていた兄弟(メンバー)に頼んで、
激しい曲はバラード風にするなど、
礼拝で流せるようにアレンジしてもらったのです。

それを「ピアノセレクション」として
まとめて、孝進様にお聞かせしたら、
「おおっ、こんなものを作ったのか」
と大変喜んでくださいました。

このようにして、ただ言われたことだけをやるのではなく、
こうしたらより良くなるのではないか、
こうしたら喜んでいただけるのではないかと、
心を尽くすようになりました。

「侍る」ことの本当の意味を、
孝進様と過ごす中で学ばせていただきました。

再編集 文責:ten1ko2


私たち一世は、孝進様のコンサートなどを通して、
孝進様が作られた音楽を聴いたり、     
み言を受ける機会も与えられました。

ただ、大塚先生が語られているように、
ロックは、「サタン文化の象徴」とも言われていたし、
孝進様を批判する声も聞かないことも、
なかったわけではありませんでした。

しかし、歌にも記されているように、
父母様への孝情が、
孝進様の心情の根っこにあります。

今も徹夜精誠などで、歌い継がれているように、
孝情の思いを相続できるということが
あまりにも、感謝でならないのです。

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2025年02月25日

これも嘘ばかり 根拠のない解散命令請求、文科省のあげた証拠は虚偽捏造もの! 



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家庭連合の解散命令請求の裁判が成されていて、
今年度中にも決着がつく、という報道もあります。

組織性、悪質性、継続性の要件を満たす
危険な団体なので、解散させるべきだと言われているのですが、
私たち信徒にとって、
これって、私たちの団体のことなの?
どこにそんな恐ろしい団体があるのかと
いまだに、合点がいかない状況です。

家庭連合本部の出したプレスリリースを紹介します。


文部科学省の虚偽証拠捏造行為に関する報告書を掲載しました


当法人に対して文部科学省が申し立てた
解散命令請求に関し、
同省が裁判所に証拠として提出した陳述書の中に
意図的・組織的に虚偽事実を記載した
捏造証拠が複数含まれているという事実が、
当法人による反論・反証の過程で発覚しました。

昨年末に行われた証人尋問の法廷の場においても
同事実が完全に明らかにされました。

文科省による上記虚偽陳述書捏造の問題については、
本件裁判が日本社会、特に
「信教の自由」に与える影響の重大さに鑑み、
「国民の知る権利」にも応える必要があるとの考えから、
その概要について当法人会員及び国民に
広く知らせることとし、本件事件を担当する
当法人顧問弁護士作成に係る報告書をここに公開します。

文部科学省による虚偽証拠捏造行為(PDF)
(⤵こちらに添付されています)
プレスリリース 2025.02.19
世界平和統一家庭連合 広報局
https://ffwpu.jp/news/6005.html
再編集 文責:ten1ko2

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裁判は非公開で行われているので、
陳述書の内容は公開されません。

(それをいいことに)
先日の記者会見では、文科大臣は、
「適正にやっています」と返答しています。
しかも、向こう側の弁護士が、
「公開するのは、違反だ」とか何とか言っているらしいですが、
まったくそんなことはないのです。

「ある現役信者は、文科省の担当者から意図を告げられずに体験談を聞き出され、陳述書にされたという。陳述書は「(教団に)解散してもらいたいと願うばかりです」と結ばれているが、そのような発言はしておらず、被害者という自覚はないとして、陳述書の訂正を求めている。
ほかの陳述書では、教団では旧約聖書に出てくる最初の女性を「エバ」と呼んでいるのに「イブ」と書かれていたり、教会長などの牧会者を「神父」とカトリック用語で呼んだりするなど、信者や元信者ではあり得ないミスがあり、文科省担当者の作文だと主張している。
教団に在籍記録がなく、ほかの宗教団体にお布施をした人の陳述書も含まれているという。」
産経新聞よりhttps://www.sankei.com/article/20250225-WA4I4E57UZAJJP4QTACTOFUELU/
これでも「適正にやっています」というのでしょうか?

この裁判は、「秘密裁判」ではなく、「非公開裁判」なので、情報の開示は可能なのです。

どんな状態であっても、私たちは、
変わらずに真実の道を歩んでいく、
そのような思いにならざるを得ないのです。

お時間のある方は、こちらをご覧ください
https://www.youtube.com/watch?v=hvPof9Z-EY0

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調査結果は請求額の“15%”(「集団交渉・調停」の実態について)
世界平和統一家庭連合 法務局 プレスリリース


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2025年02月23日

韓国語を知らずして、キリスト教もメシヤも知ることができない?! 《大塚克己*自叙伝》



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ICRF日本委員会福岡大会での大塚議長 昨年12月10日


大塚先生の自叙伝、続編になります。

韓国語を知らずして、真の父母様を
理解することはできないと悟る

私はまた、UTSで学ぶ中で、
韓国語の重要性を感するようになりました。

そこで真の父母様に、「韓国語ができないと、
真の父母様を正しく理解することはできません。

UTSの3年分の勉強を2年半で終えますから、
残りの期間、韓国に行って、
韓国語を勉強することをお許しください」
と申し上げました。

すると真のお父様が「そのとおりだ。行け!!」
と言って、激励してくださいました。

このような経緯から、当時一緒に学んだ学生の
ほとんどは、このコースを通過しました。

この期間、韓国語を学ぶことによって、
真の父母様の話し方、使っていらっしゃる
言葉といったものを知ることで、
より一層、真の父母様を
深く理解できるようになったと感じています。


「모시다」という言葉を例に挙げてみます。
日本語では「侍る」と訳されます。

これは、「主君にお仕えする」といった
意味合いが強いように感じます。

そして英語では、「attend」。
これには、「心を向ける、世話をする」
などの意味があります。

このように、成約の信仰において最も重要なこの単語も、
異なる言語に翻訳すると、微妙な
ニュアンスの違いがあることが分かります。


「모시다」にももちろん、「仕える」とか
「世話をする」などの意味もありますが、
それ以上に「お迎えする」という
意味が含まれていると私は捉えています。

再臨のメシヤを「모시다」と言うときには、
「自分の心の中に迎える」という
ニュアンスがあるということです。
これは、「侍る」や「attend」には欠落した概念です。


例えば、「侍る」や「attend」の感覚でもって、
天の父母様(神様)、真の父母様のために全てを捧げて働き、
その結果、めでたく天国が実現したとしましょう。
その場合、こうなるというのです。

「いや~、天の父母様、真の父母様、
良かったですね、天国ができました。
では私は失礼して、家に帰らせていただきます」

つまり、天国と自分の家は
別のところにあるということです。

ですから、真の父母様を、再臨のメシヤを
心の中にお迎えするという気持ち、
そういう生活を私たちの中に根づかせるためには、
「侍る」や「attend」では限界があるということです。

やはり「모시다」でなければならないのです。

これはほんの一例ですが、これが当時、
韓国語を勉強しながら、私が理解した世界です。


このように多くの恩恵を受けながら、
1996年にUTSを卒業しました。

私は卒業証書を持ってイーストガーデンを訪ね、
真の父母様にご報告しました。

するとお父様が、
「何を学んだんだ?」とお尋ねになりました。

私は、「真の父母様を2000年のキリスト教と、
キリスト教の世界的な基盤、 それをもって
判断すること、見つめることが
できるようになりました」とお答えしました。

すると間髪を入れず、「それだ!
私はそのように自分を見てほしいんだ」と叫ばれたのです。
びっくりするほど大きな声でした。

お父様は当然のことながら、単に、
韓国が生んだ偉大な宗教指導者ではありません。

キリスト教の2000年の歴史の背景を背負われた再臨主であり、
神様の6000年の復帰歴史を完成させるために
送られた人類の真の父母です。

そのような背景を持って生まれてきたということを
分かってほしいという意味であると、私は理解しました。

このようにして学んだUTSでの期間は
本当に楽しく、実り多いものでした。

それは、以後の私の牧会者としての人生に
大きな影響をもたらしました。

また、UTSで共に学んだ同輩たち、
あるいは先輩、後輩たちが
世界中で指導者になっているのも、うれしいことです。

再編集 文責:ten1ko2


韓国で歩んでいる6,500双の友人は、
「言葉のニュアンスで、心情が驚くほど
神様・真の父母様に近くなる」
と何度も強調されています。

大塚先生は、「侍る」という言葉を例に挙げていますが、
最近清平で、「モシム(=はべること)修練会」が出発したそうです。

祈祷の結びもホーリーマザーハンに「侍る」という言葉が加えられたように、
侍ることの重要性を改めて認識させられています。


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