2023年02月24日

お父様を太平洋とすれば、私は30pの物差し 《人間・文鮮明師 朴普熙先生》



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朴普熙(パク ポーヒ)先生が生前、
真のお父様の証しをされています。

「真のお父様の身近に侍って
 人間・文鮮明先生」です。
何度かに分けて紹介します。



この原稿は、真のお父様の迎暦を記念して、朴普熙先生が以前書かれたものです。日本では、まだ掲載されたことがありませんでしたので、創立40周年を記念して翻訳し掲載することになりました。
長年、真のお父様の身近で侍られた朴普熙先生を通して、お父様の片隣を伺い知ることができる貴重な内容です。
(文責・編集部)
( ファミリー1994年 5月号)


「人間・文鮮明先生」という題目でこの原稿を
書こうとした時、どうして私がこの題目に
恐れをなしたのかといえば、
私の考えでは扱うことのできない
途方もない題目であったからです。

英語に"Scratch the surface"という言葉があります。
この言葉は「深い内容を知ることはおろか、
やっと手を触れただけ」という意味です。

長い間、真のお父様に侍り、従いながら、
今やっと私はお父様の人格に"Scratch the surface"
したかのように、その表面に
(手を)触れてみたようなものだといえます。

山がとても高かったり、とても近くにあると、
その山の高さを測定することは難しいものです。

また測定する場合、物差しがなければなりません。
その物差しは、測る物に相当した
大きさでなければなりません。

例を挙げれば、太平洋の海の深さを測るのに、
30センチの物差しをもってしては、
何の役にも立たないという意味です。

お父様を太平洋の海に例えるなら、
私は30センチの物差しに過ぎないのです。

不可能な業です。

私はお父様に侍りながらいつも、
歴史にこのようなおかたが、またとあるだろうか
と感嘆することを禁じ得ない時が、
一度や二度ではありませんでした。

今日、イエス・キリストがこの地上に来られてから
2000年近くになりますが、いまだにそのかたの
人格をすべて知ったという者がいないように思います。

世界の数多くの学者たちが、このかたを研究して
博士学位の論文を書きますが、
誰もその人格をすべて説き明かした人はいません。

釈迦牟尼、孔子、孟子、さらにはマホメットも、
同じ隊列に属することでしょう。

今日、お父様について論じなさいというならば、
私はこの基準で比較してみようと思います。

お父様は、韓国人として檀君父祖以来初めて、
世界の歴史に衝撃を与え、将来、百年、
数千年の歴史が流れていくにつれ、
歴史に残す衝撃が、より大きくなることは明白なことです。

このかたの思想と哲学と人生観は、
既に我々世界に生きる五色人種の、
その言語と文化の背景を問わず、
数百万の人々に変化をもたらしたのです。

このような人格的変化は、将来、
お父様がこの地上に御存命の間に、
数千、数億の人類に影響と衝撃を与えるであろう
という事実を、私は堂々と予言することができます。

このようなお父様に対して、その生活を通して、
見て、感じた人格的なお姿を
書きなさいというのですから、
私にとって成し遂げることが
容易ではないことに間違いありません。

真のお父様の身近に侍って 人間・文鮮明先生
朴普熙


真のお父様の特別補佐官であられた朴普熙先生は、
「メシヤの口」とまで言われました。

アメリカでの1970年代における様々な大会では、
必ず通訳を担当されました。

さらには、1991年、電撃的な北朝鮮訪問にも
同行されています。

あまりにもお父様の身近で侍られた
朴先生でした。

そんな朴普熙先生が
「私は30センチの物差しに過ぎない」
とおっしゃられるなら、
私たちは、どうなってしまうのでしょうか。。。

逆に表現すれば、
お父様に近づけば近づくほど、
お父様の偉大さを感じるのだ、と思います。

朴先生を通して、生身のお父様の
お姿に触れることができることを
心から感謝いたします。

不定期に紹介しますので、お楽しみに。




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2023年02月17日

1分1秒が神と人類のため 私が見た平和の母・文鮮明師夫人の一日 《李成萬先生》



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李成萬(イ ソンマン)前副会長の寄稿文
「世の中で最も美しい言葉・オモニ」より
『私が見た真のお母様の一日』を紹介します。


真のお父様のご在世時、1997年から15年間、
毎朝5時に訓読会が開かれました。
1時間以内に終了したことはほとんどありません。

2、3時間は短いほうで、
正午や、時には午後まで続く日が多くありました。
あるときは夕方になって終了したり、
次の日まで継続されたりしたこともあります。

真のお父様は、訓読会場に入場され、
「私は起床して、先にこのみ言を
2、3時間訓読してから出てきた」
とおっしゃる日も少なくありませんでした。

だとすれば、お父様は何時に起床されたのでしょうか?
間違いなく5時よりははるかに早い時間です。
少なく見積もって、1、2時間前だとしても、
午前3時か4時には起床されたということです。


では、真のお母様は何時に起床されたのでしょうか?
時々、このようなことを考え、気がかりでした。

お母様は訓読室に入室されるとき、
いつも美しく化粧をして登場されます。

したがって真のお母様は真のお父様と
同じ時間に起床されるか、
むしろ先に起床されているだろうということは、
容易に知ることができます。

お父様が聖和された後にも、
お母様はお変わりになることがありません。
お近くで侍る誰よりも早く起床されて、
祈祷、精誠をささげられます。


真のお母様にお仕えして、
外国を巡回した時のことです。

ある日、お母様のお近くで補佐をする姉妹に、
今日お母様は何時に起床されたのかと尋ねたことがあります。

彼女は、「明らかに2時頃に起床されました。
その後、再びお休みになったかどうかは分かりませんが、
私が再び4時に目が覚めたときには、
すでに起きていらっしゃいました」
というのです。


真のお母様の朝食時間は、午前6時30分です。
いつも化粧を完璧に終えられ、
そのまま外出もできる身なりで
食卓に向かわれます。

午前7時から朝礼を主管されます。
いつも、文善進世界会長ご夫妻、
文妍娥様、文薫淑様ほか、
3人の責任者が参加します。

案件によっては、韓国家庭連合の会長や
摂理機関長など、関連の責任者が同席します。
私も清平で行事や会議が開かれるときは、
この朝礼に参加させていただくこともあります。

最初に前日までの世界情勢、
国内外のトップニュースと
イッシュー*に関する報告をします。
 *(課題・問題、検証すべき本質的な目的・論ずるべきテーマ)

次に、各大陸と宣教国の主な統一運動の関連報告が続きます。
真のお母様は傾聴され、指針や指示を下達(かたつ)されます。
摂理的意味を説明し、み言で指導されたりします。
意見や代案を示してくださいます。


真のお母様の昼食時間は、ほぼ毎日、正確に12時です。
特別な日程があり、11時30分に召し上がる日もあります。

午前、午後の執務は、案件に関する責任者を呼ばれて、
特別報告を受けられたり、指導されたり、
会議を主管されたりします。

夕食の時間は午後6時です。
その後にも、全世界から上がってくる
大小の報告書およびメールに接されます。

また、東奔西走の日程の中でも、
散歩、黙想、音楽鑑賞など、健康維持と
体力鍛錬のために必ず時間を割かれます。

李成萬・花鳥苑建立推進委員長(世界本部)
「世の中で最も美しい言葉・オモニ」より


文妍娥様の証しも最近紹介しましたが、
真のお母様のお傍で侍っておられる方の証しは、
実際、お母様がどんな生活をしておられるのか、
ダイレクトに伝わってきます。。。

時間もきっちり主管されるお母様。
世界のニュースも把握され、
何かがあれば心を痛め、
関わる全ての人を愛していかれるお母様。

全人類の真の父母として、
全てに責任を持たれているゆえに
一日の時間に無駄がないのでしょうが、
お母様の生活基準を少しでも
見習わないといけないと思うのです。





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2022年06月29日

独生女を叫ぶとサタンの不可侵圏ができる! キリストと出会った幸運 《入山部長》



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入山部長のみ言。
「キリストに出会った奇跡」
を一部抜粋して紹介します。
『創造原理と聖霊』です。


聖霊に関する真のお父様のみ言です。

「聖霊とは何ですか?
 聖霊は聖霊なのですね。

 ハトのような聖霊、水のような聖霊、
 油のような聖霊、そう言っているのですが、
 くだらないことをよく言っています。

 それで、何の神様ですか?
 母の神様なのです。
 母の神様。

 この母の神様が、霊的に基盤を築いて
 実体の体をもって来られる主と
 実体で互いに会うことのできる時が、
 まさしく小羊の宴をする時なのです」
『宗族的メシヤ』70~71ページ



小山田秀生・神日本元老牧会者会会長(43双)は
次のように説明しています。

「聖霊とは、イエスが肉体をもって完成したときに、
 イエスの妻の立場に立って神の理想を実現する人に入る神の霊です。
 母の霊、妻の霊です。

 ところが、イエスが十字架にかかって亡くなったため に、
 形を持たない母の霊、妻の霊となりました。
 ですから 『助け主、慰め主、贖い主なる聖霊』というのです。

 人間の堕落を見ると、エバが動機となりました。
 それを償うために、聖霊は神の方向に
 信仰を持たせる母親の役割をするのです。

 ですから、聖書は、イエスを信じても
 聖霊によらなければ、誰も『イエスは主である』
 と言うことができないと言っています。

 聖霊の働きによってイエスにとりなしをしてもらい、
 神との間をとりなしてもらうのです。
 それで聖霊が地上のキリスト教を全部担当し、
 イエスは神の身代わりとして霊界を動かしていきます。

 これが教会におけるイエスと聖霊の関係です」



このように、聖霊とは「母なる神」です。
神様の創造理想の中にあった母の位置、
それが実体化した女性こそが聖霊です。

しかし、エバが堕落したため、
その位置は空席となりました。

その位置に立つべきだったのが
イエス様の相対者として準備された女性でしたが、
悲しいことに実体を迎えられず、
そのまま空席となっていたのです。

ですから、復帰摂理歴史とは
「聖霊の実体」を探し求めた歴史とも言えます。
これは、神の創造原理を知らなければ分からないので、
堕落人間には聖霊が理解できなかったのです。


しかし今、私たちは、はっきりと知っています。
現代は、聖霊の実体である韓鶴子・
真のお母様が顕現された奇跡の時代なのです。

真のお母様が、「私が独り娘だ」と宣言されると、
「お母様を特別視する言葉だ」
と言って騒ぐ人たちがいました。

しかし、原理的に考えてみれば、答えは明白です。
あまりに騒ぐので、私はむしろ、
「サタンがいちばん恐れる言葉なんだな」と思いまし た。
「独り娘」と叫べば、サタンが退くのです。


ところで、皆さんは自分の口で何回くらい、何人に、
「韓鶴子・真のお母様こそ聖霊の実体であり、独り娘である」
と宣布したことがあるでしょうか?
意外とないのではありませんか?

地域集会 という「場」づくりをしている目的は、
その宣布のためです。

教会や地域集会、家庭で
「韓鶴子・真のお母様こそ独り娘である」
と大反響させれば、そこにサタン不可侵圏が生まれ、
良いことがたくさん起こってくるでしょう。

真のお母様は「真の父母」であり「キリスト」なのです。
私たちは今、そのお母様と共に歩んでいます。

どれほど感謝なことでしょうか。
どれほど奇跡的なことでしょうか。
私たちは生きてキリストに出会った幸運な者たちなのです。

冒頭のみ言のように、
人類はその方を探し求めてさまよってきたのであり、
その方が私たちの信仰の目的であり、
希望の目的であり、愛の目的なのです。

伝道局副局長 入山聖基
地域化礼拝シリーズ
第7回「キリストに出会った奇跡」
世界家庭2021年6月号



神様が準備していた母の霊。
本来ならばエバに宿るべきものでしたが、
エバが堕落したために、
メシヤの相対に準備しました。

しかし、イエス様は真の父母になれなかったので、
その霊が真のお母様に宿られた、というのです。

【「韓鶴子・真のお母様こそ独り娘である」
と大反響させれば、そこにサタン不可侵圏が生まれ、
良いことがたくさん起こってくる・・・】

いわゆる「真のお母様と一つになる」
このことによって、奇跡が起きる、ということだと思います。

私は、このことを確信し、一つになろうと思っている者の一人です。

毎日、毎分、毎秒、証ししていきたいし、
宣布しながら、ともにある者になっていきたいと思うのです。


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