2025年01月19日

*TMの健康の秘訣* 「当たり前」ではなく、常に感謝の心で一日を出発 《柴沼先生》



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都内のホテルで行われた訓読会(2006年3月22日)

常に感謝する心で一日を
始めなければなりません。

健康に最も大切なことは、常に肯定的で、
喜んで、感謝の心で生きることです


韓鶴子


柴沼邦彦 特別巡回師の誌上説教、
「感謝して一つになったとき大きな奇跡が起きる」
を、何回かに分けてご紹介します。

感謝することの大切さを教えてくださった真の父母様

信仰生活において欠かすことのできない
「感謝」について考えてみます。

まず、1970年10月25日、真のお父様が
韓国の前本部教会で語られたみ言を拝読します。


「神様が下さるものをいつでも感謝して受け取り、
いつでも有り難くもらえることが私たちの誇りであり、
また、有り難く与えられる心をもったということが
私たちの誇りです。

このような伝統を立てていく皆さんであるならば、
その伝統は、世界の歴史とともに切れることがなく、
永遠であることでしょう。

そのように生活する人のみが、
神様に感謝する生活をなす人です。

私たちが世界に残ることができる道は、
すべてのことに感謝する生活をする道
だけであるということを、皆さんは
はっきりと知らなければなりません」
(『訓教經(下)』193ページ)

そのようにしてあらゆる環境を乗り越えてこられたお母様は、
2006年3月22日に都内のホテルで行われた訓読会で、
食口たちの健康を気遣い、次のように指導されました。


「常に感謝する心で一日を始めなければなりません。

時代が次第に良くなるとともに、
高齢化もしてきています。

すべての人々が健康に関心をもっているのですが、
健康に最も大切なことは、常に肯定的で、
喜んで、感謝の心で生きることです」
(『真の母のまなざし』128ページ)


感謝することの大切さを、
自らの生涯を通して教えてくださった
真の父母様を慕い、私たちも日々、
感謝の思いにあふれた生活を送るようにしていきましょう。

自然界に散りばめられた神様の愛を探し出す

「ありがたい(有り難い)」という言葉を辞典で調べてみると、
「めったにない、珍しく、貴重だ」
という意味が書かれています。

その意味から考えると、「ありがたい」の反対は
「当たり前」になります。

ですから、物事に対して「ありがたい」と、
感謝の心を持つということは、
それらを「当たり前」と、考えないことだと言えます。

人から何かしてもらったなら、
「ありがたい」と、感謝の心を持つ。

子供が小学3年生になるくらいまでに、
このようなことをきちんと教えることが理想です。

学校教育の中でも、感謝することの大切さを
教えていると思いますが、
それが、人格形成の基礎となるためです。


ところで、私たちが当たり前にあると
思っているものの中に、「自然」があります。

胸いっぱいに空気を吸い込めることも、
太陽や月が人々を照らし、木々が山を彩っていることも、
当たり前だと気にも留めなければ、
感謝の心を養うことはできません。

私たちは創造原理を通して、自然は、
神様が人間のために、真心を込めてつくられた
ものであると教えられています。

自然界に神様の愛が散りばめられているのですから、
それを発見して感謝することで、
心は喜びに満たされ、
生活はどんどん豊かになっていくでしょう。

皆さんは、花を見て美しいと思ったときに、
「ああ、神様、ありがとうございます」と感謝していますか? 

このような積み重ねが、
私たちの信仰生活の基礎になるのだと思います。

 
1999年、私はパラグアイのレダに開拓に行きました。
そこは、厳しい自然環境のゆえ、
人々から“捨てられた”土地でした。

電気や水道はなく、日本で、何の苦労もせずに口にできる
水道水が、どれほど貴重なものなのかを知りました。

水に対する感謝、水道に対する感謝の思いを、
日々、胸に抱き、電気の存在がどれほど
素晴らしいことなのかを実感しながら生活したのです。

 
お母様の自叙伝『人類の涙をぬぐう平和の母』には、
このように書かれています。


「自然と私たち人間は、不可分の関係にあります。
自然についてしっかり学んでこそ、
自然に表れている
神様の創造の神秘を悟ることができます。

神様が私たちのために万物をお造りになった時の
限りない喜びと愛を感じ取ることができるのです。

そうすれば、私たちも愛と感謝の気持ちを持って
一日一日を生きることができます」
(346ページ)


(『世界家庭』2020年12月号)

天一国特別巡回師に聞く 神霊と真理に満ちた教会を目指して 第20回

紙上説教 試練を超える秘訣〜感謝〜@
「感謝して一つになったとき大きな奇跡が起きる」
天一国特別巡回師 柴沼邦彦
https://www.kogensha.jp/news/detail.php?id=10190
(光言社・中和新聞より)
再編集 文責:ten1ko2
(一部のみ言等は、次回に紹介します)


お母様の根本は、「感謝する生活」なのだと思います。
親なる神様から、「常に愛を受けている」、
「愛されている」ことが全ての出発点だと思います。

その心情が本当に強いのだと思います。
私たちも学ばなければならない、
基本姿勢だと思います。

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2025年01月15日

信教2世の私が叫びたいこと、子供たち(3世)に渡したい家庭連合のバトン 《信教2世・大教会長》



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新潟の大教会長(2世)が、
シンポジウムで語られたメッセージ
「霊性の地・新潟から信教の自由を叫ぶ」
最終回となります。


■息子たちが誇れる家庭連合に

私事ですが、二週間前の土曜日に、
天から大きなプレゼントを頂きました。
第三子が誕生しました。

私は今、妻と三人の男の子に囲まれながら、
幸せな日々を送っています。

私の幸せの根っこにあり、私の幸せを
支えてくれているのは、「旧統一教会」と呼ばれ、
バッシングされ続けている家庭連合で
受け継いできた信仰です。

信仰が私の人生を支え、幸せの原動力と
なっていることは間違いない事実です。


その家庭連合が、今、窮地にあります。

「カルト」「洗脳」「反社会団体」「反日」。
このようなレッテルが二年間、貼られ続けました。

まるでゴミのように扱われ、踏みにじられてきました。
「旧統一教会」と聞けば、一般市民の多くが
「犯罪集団」 というイメージを抱きます。

2022年8月31日、岸田文雄首相(当時)の口から、
関係断絶が党方針として宣言され、
同年10月19日、解散命令請求の要件に関して、
法解釈が一夜にして変更されました。

ところが、その法解釈変更の手続き、
プロセスは、何も明かされていません。

同年11月からは、 文科省による質問権が
7度にわたって行使され、2023年10月13日、
解散命令請求が裁判所に提出されました。


解散命令は、宗教法人にとって「死刑宣告」と言われます。
私たちの教団は今、死刑宣告を
受けるかもしれない危機的状況にあるのです。

そこには多くの信徒がいて、
その一人一人に人生があります。

私の教会では毎週、たくさんの信徒が
日曜礼拝に駆けつけます。
神様と出会うために、信仰を育むために通ってくるのです。

彼らにとって、信仰は人生そのものであり、
命そのものであり、自分自身そのものなのです。

この2年間、家庭訪問をして
多くの信徒と対話してきました。
膝を突き合わせ、何を感じ、何を思い、
何を悩んでいるのか、分かち合ってきました。

一人一人に心の痛みがあります。
それでも、自らが信じてきた人生を、
信仰を手放すことなく、 希望の未来を信じて歩んでいます。

歯を食いしばり、何を言われたとしても
耐え忍んで闘い続けている
りっぱな信徒たちです。


家庭連合に反対する人々は、
「解散されても信教の自由は守られる」
「信仰を続けることはできる」と言います。
そんな甘い話はないはずです。

解散させられたら、建物をはじめ、
教会の財産は全て没収されます。
教会長の雇用はなくなります。

そんな状況で、ましてや国家から犯罪集団として
解散させられたというレッテルが貼られた中で、
どうして信教の自由が守られるのでしょうか。


先日、息子と一緒に報道番組を見ていると、
旧統一教会に関する報道が30分間、流れました。

7歳の息子は、「きょう、お父さんの仕事の話、
長いね」と言いました。

私は、彼が10年後、20年後、
「家庭連合の三世として生まれて良かった」
「お父さんの仕事を誇りに思う」と言える、
こんな未来を本気でつくりたいと思っています。


■神が与えた環境には善が結実

きょうは7月20日です。
この日は、私たちにとって特別な一日です。

ちょうど40年前、家庭連合の創設者である
文鮮明先生が、脱税容疑で
米国・ダンベリーの刑務所に収監されました。

このときも、正に国家の圧力によって、
宗教弾圧と言える不当な裁判が行われました。


一方で、米国のキリスト教牧師たちが、
「文先生は無罪だ」と訴えて立ち上がりました。

自らの手首に手錠をかけ、
「これは信教の自由の侵害だ。
もし、文先生を捕まえるのであれば、
私たちも牢屋に入れろ」と叫んだ牧師もいます。

このような声が米国の各地に響きわたったのです。


文先生が有罪判決を受けてダンベリー刑務所に向かわれるとき、
信徒たちは、あふれる涙をこらえることができませんでした。

そんな信徒たちを前に、文先生は
”私のために泣かずに、アメリカのために
祈りなさい”
と訴えられたのです。

文先生が出監されたとき、黒人、白人を問わず、
多くの牧師が文先生を迎え、
「神と自由のバンケット」が開かれました。

改めて信教の自由を求める声が全米に響きわたりました。


それから40年がたち、奇しくも
7月20日のきょう、新潟の地で、
信教の自由のために叫んでいます。

私が(かつて)信仰を捨てようとして頑張っていた
この場所で叫んでいるのです。

私は新潟人として、新潟の地を誇りに思います。
新潟は、日蓮聖人、親鸞聖人など、
多くの宗教者に縁のある「霊性の地」です。

私はこの地から叫びたい。
未来を守るために、国を守るために。

家庭連合という一法人を守るためではありません。
日本の未来のために、皆さんと一緒に
信教の自由を叫んでいきたいのです。


最後に聖句を一つ紹介して、講演を終えようと思います。

「神は真実である。
あなたがたを耐えられないような試錬に
会わせることはないばかりか、
試錬と同時に、それに耐えられるように、
のがれる道も備えて下さるのである」
(コリントT10・13)

超えられない試練は絶対にありません。
神が与えた環境には、必ず、
善が結実する未来が待っています。

共に信教の自由を守り、日本の繁栄に貢献し、
希望があふれる未来を築いてまいりましょう。

世界家庭2024.11月号
再編集 文責:ten1ko2


素晴らしいメッセージでした。
大教会長、ありがとうございました。

二世のメンバーにとって、
食口同士の心情関係(特に二世同士)は、
実の兄弟姉妹のような
深い関係にあると思います。

それも含めて、家庭連合は、
ちょっと特殊かもしれません。

人類一家族を目指す私たちにとっては、
家庭、そして一人ひとりの信徒は
本当に特別な、大切な存在です。

そして、神様を知らない人たちや、
家庭連合以外の宗教の人たちも含め、
全ての人たちを、神様の子女であり、
家族であると、貴重に考えています。

今、全国に配属されている大教会長以下、
二世の活躍は素晴らしく、とても希望ですね。

私たち一世も、大げさな言葉かもしれませんが、
人生をかけてこの道を歩み、
そして命懸けの信仰を貫いてきました。

父母様の願いに応えるには、
不足な者でありますが、心から、
一つになっていきたいと思うのです。


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2025年01月04日

なぜ、あの時神様は助けてくれなかったのか なぜ親がこの信仰をもっているのか 《信教2世・大教会長》



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新潟の大教会長(2世)が、
シンポジウムで語られたメッセージ
「霊性の地・新潟から信教の自由を叫ぶ」
続編です。

■「神様、苦しかったです」

親はなぜ、メディアからバッシングされ、
ネットを開けば誹謗中傷の中にある、
この統一教会の信仰を持っているのだろうか。

神様なんて本当にいるのか私は、
その答えを研修会で必死に求めてみました。

(研修会の中で、山頂で祈るというチャレンジがありました。)

司会が「人生を振り返りながら
祈ってみてください」と言いました。
その登山で、私は神様に出会うこととなりました。

人生を振り返り、手を合わせて祈ろうとしたとき、
私の口から最初に出てきた言葉は、
「神様、苦しかったです」でした。

「何であのとき、神様は助けてくれなかったのですか!
なぜ導いてくれなかったのですか!」
私は、嗚咽しました。

■親の愛を心の底から感じる

いろいろな思いが湧いてくる中、
一つの光景が目の前に現れます。
父と母が泣いている姿でした。

私は中高生期に非行に走り、
警察に補導されたことがあります。
そのとき、母がボロボロ泣きながら迎えにきました。

車の助手席に乗り、母の顔を見ながら
「ごめんね」と謝ると、母は、
「あんたが捕まったから泣いてるんじゃないよ。
警察から電話がかかってきたとき、
もしかしたら事故や事件に
巻き込まれて死んだのかもと思った。
でも、もう一回会えて良かっ た」
と言って、また泣きました。

私は中学生のときに家出をしまし た。

父は涙を浮かべながら、
「どうして俺の言っていることが、おまえに分からないんだ」
「何で、俺の思いがおまえに届かないんだ」と言いました。
男気あふれる父が、涙を流していました。


『自分も苦しかったけど、親も苦しかったんだ。』
そんな思いが、胸に押し寄せてきました。

そのとき、『もしかしたら神様も、
自分の人生を見て苦しかったのかな?』
と思い、祈りました。

「神様、もう僕のことは愛してないですよね」
「愛することなんて、できないですよね」
「本当に愛しているんですか?」

そのとき、私は人生で初めて神様の声を聞きました。

胸に迫ってきた、響きわたるその声は、
「愛している」
「おまえのことをずっと愛してきた」
と繰り返し聞こえました。

”神様って本当にいるんだ。
神様は自分のことを諦めていなかったんだ。
自分と一緒に今いるんだ。
今も自分を導こうとしているんだ”

そのようにはっきりと実感しました。


私は、その日の出会いを通して信仰を持ち、
神様を信じる勇気を手にしました。

人のために生きること、人を愛すること、
世界平和のために生きること、
それらをばかげたことだと思っていた
私の価値観は、一変したのです。

『世界平和を本気で目指し、
苦しんでいる人に手を差し伸べていこう。

人生をかけて誰か一人だけでも助けてあげたい。
救ってあげたい。
誰かのために愛の人生を生きたい』

そんな心が芽生えたのが、
私が信仰を持つに至った原点です。


私は研修会後、両親と向き合いました。
それまでの人生を隠さずに伝えたのです。
私がどれほど多くの過ちを犯したのかも伝えました。

両親からこっぴどく叱られるかもしれないと思っていましたが、

両親は涙を流しながら、「おまえは何も間違ってない。
間違っていたのは、私たちだよ」と言い、
不足な私を受け止めてくれました。

そのときに初めて親の愛を心の底から感じました。

そして、私は思いました。

『この両親の元で生まれてきて本当に良かった。
この両親によって信仰を受け継ぐことができて本当に良かった。
私は家庭連合の二世であることを誇りに思う』

世界家庭2024.11月号
再編集 文責:ten1ko2


神様を実感した・・・
神様を自分で感じることができた人というのは、
本当に強いな、と思います。

昨日の徹夜精誠でも、
二世たちの証しがありました。

父を早くに亡くし、母をも亡くされたり、
日韓家庭で、信仰をもっていることを
なかなか証しすることができなかったり、
いろんな悩みや辛さを抱えていました。

しかし、真の父母様の心情に触れ、
神様が自分を見つめる心情に触れると、
ここまで前向きになっていき、
天の希望になっていくことができるのだなあと、
とても勇気をもらいました。

大教会長の証し、まだまだ続きます。


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