2024年01月06日

孫だけど「お母様」!「私たちがいます」 文信出様の手紙 《アーカイブ珠玉のみ言》 



200321-20200130.jpg
真の父母様聖誕記念 特別午餐会 2020.1.30☆


2020年の真の父母様の御聖誕記念日に、
文信出様が、書信を読まれました。
Blessed Lifeに掲載されていましたので、
再度紹介させていただきます。


お父様御聖誕100周年
お母様御聖誕77周年
お祝い申し上げます。

お母様、お父様聖和後、2020年だけを見つめながら、
この摂理だけを見つめられ、私たちを導かれるために、
ご苦労が多かったと思います。

摂理だけを見つめ、走ってこられ、
お母様、すでに77歳になられましたね。

お母様は、お父様聖和後、
一人でどれほどまでに苦労の道を
歩いて行かれたのか、想像もできませんが、
摂理のために今まで歩んでこられたことに、
心より感謝申し上げます。

皆さんもご存知の通り、お父様聖和後は、
私たちの教会は、内的にとても辛かったです。


お父様聖和以降2013年基元節を迎えるまでの
短い期間は、私たちの教会は大きく揺れ動きました。

しかし私はその当時、基元節を迎えながら、
不安や心配という気持ちは、全くありませんでした。
なぜならば、お母様は苦しそうなご様子を、
お見せにならなかったからです。

私はその当時においては、私たちの教会が
危険な状況下であることを、全く知らずにいました。

特に私がお母様に基元節に、
聖杖を奉呈させていただいた時、
聖杖を奉呈しながら見えたお母様の表情や、
堂々とされたお姿を拝見し、
なお、いっそう安心していました。


しかし、真のお母様から真のお父様に
捧げられた書信を聞いたあとには、
お母様のあの時のお姿は、
私たち食口や統一家を安心させるためであった、
という事実を知りました。

お母様の実の息子たちが、お母様に背を向け、
信じて従うべき公職者たちも不信し、
世論も「統一教会はもう終わりだ」と言った時、
お母様の心情はどうだったでしょうか。

私はこのような疑問が出てきました。
到底、想像もできません。

涙も流すことができないほどに、
申し訳ない気持ちになりましたし、
自身を恥じる思いしか、出てきませんでした。


その時から、私は初めて、心から
願う夢を持つようになりました。

その夢はまさに「お母様がご在世時に
この摂理を完結し、お母様が安息できる
環境を造成すること」です。

今までご苦労されたお母様が心置きなく、
休んでほしいという願いが強いからです。

たとえ今までお母様がしてこられた苦難を
私たちが無くすことはできませんが、
これからお母様が行かれる道を
少しでももっと楽にして差し上げたいのです。


お母様、心配なさらないでください。
私たちがいます。

お母様のご苦労を知っている一世、二世、
三世、そして四世、
統一家の食口が全世界にいます。

お母様が引っ張ってくださるのを
受けるだけではなく、お母様とともに
このみ旨の道を歩みたい私たちがいます。


私には夢があります。

お母様が90歳になられる前に、
この摂理が終わりを迎え、
お母様が安心して休むことができたら幸せです。

現実的にこの夢を成し遂げることは難しい
という事実を知っていますが、
この夢を私は目指し、一日一日を
生きていくことを決意いたしました。

まだ私は不足でお母様の直接的な
助けにはならないかもしれませんが、
いつもお母様に絶対服従しながら、
お母様を中心とした家庭を成し遂げ、
お母様の助けになる孝行息子として
成長することができるように、
私の最善を尽くしていきます。

最後にもう一度、この日を心から
お祝い申し上げながら、終わります。
お母様、愛しています。

天一国8年天暦1月6日(2020年陽暦1月30日)
HJ天宙天寶修錬苑

★年末年始特別配信★
文信出様が真のお母様にささげた書信
https://www.kogensha.jp/news_app/detail.php?id=22579
(Blessed Lifeより)
再編集 文責:ten1ko2


お母様は、お孫様たちに、天正宮博物館で、
直接ご指導されていると言います。

しかし、お父様が聖和されたあとの
深い心情の世界は、お母様の書信を通じて、
初めて知ったと信出様は語られていますから、
ご自身が通過されたご心情は、
誰にも話されなかった、ということだと思います。

たったお一人で、全ての重荷を背負い、
乗り越えてこられたお母様だったのだ、
改めて感じさせていただきました。

信出様の決意は、お母様の心に届いたと思います。
また、口先だけの決意ではなく、
本心からのものだと思います。

そして、私たちも同じような心情を
心から、自発的に、本心の叫びを
先立てていきたいと思うのです。





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2023年03月19日

(証し)永遠のお兄さんであり、忠孝の勝利者・文孝進様の素顔 《聖和15周年企画》



230319.jpg
▲真の父母様と孝進様のご家族


3月17日、文孝進(ムン・ヒョウジン)様の
聖和15周年を迎えました。

Blessed Lifeの特別企画の証しを紹介します。


近年、真のお母様は折に触れて、孝進様の孝行息子としての生き方に言及し、孝情の模範とするよう二世・三世を激励されます。そこで、孝進様の孝情がいかなるものであったかを学ぶ一助として、孝進様に近く侍ったかたの証言を紹介します。(一部、編集部が加筆・修正)

証し 文孝進様の思い出
「真の父母様の解放のために身もだえされた生涯」より

敵を許すことに勝利された「忠孝開門主」

2005年12月28日、ボストンでご子息の信吉(シンギル)様が
交通事故で亡くなられました。

信吉様が亡くなる1週間前に、
孝進様は信吉様と数年ぶりに会っておられました。

孝進様のショックは計り知れないものでした。
その3日後の2006年1月1日から、
孝進様はベルベディアで早朝の説教を始められました。

その礼拝は毎週欠かさず、
2008年の聖和まで続けられたのです。

孝進様はこうおっしゃいました。
「父として信吉に何の教育も
してやれなかったのが心残りだ。
彼を教育するために礼拝をする。
彼は霊界で聞いているだろうから」

2年余りにわたって語られたこの説教は、
霊的に研ぎ澄まされた、とても深い内容です。
珠玉の説教です。

真のお父様も、孝進様がこのように
説教を続けられたことを評価しておられたと聞いています。

真の孝行息子

最近、真のお母様がよく孝進様を
孝行息子として紹介されます。

それは、孝進様が真の父母様と同じゴールを
見ていらっしゃったからではないかと、私は考えています。

実は、生前の孝進様は誰の言うことも聞かなかったのです。
真の父母様の忠告さえも……。

ですから、はた目からは「音楽ばかりやっている
道楽息子」に見られがちでした。

しかしそれらの行動の全ては、
「理想世界を築きたいんでしょう?
だったら、そのためには、こういう道がありますよ」
という確固たる信念があってのことだったのです。

ですが、それは簡単な道ではありません。
事実、孝進様がマルチメディアの分野を開拓したいと
おっしゃったとき、真のお父様は
「それは大変だからやるな」とおっしゃったそうです。

孝進様は、「簡単だからやれ」と言われたら、
むしろなさらなかったのではないでしょうか。

「孝行息子」とは、父母から言われたことを
そのままやるだけでは不足なのだと思います。

孝進様は、真の父母様のゴールがこれだということを
あらかじめ分かっていて、それだったら、
自分はこの道でできる、これが最大のささげものだ
と信じて、それに人生を懸けたのです。

 
孝進様は2007年頃、長年にわたってどうしても
許すことができないでいた食口と、涙の和解をされました。

その食口が病気で入院したときに、
韓国までお見舞いに行かれたのです。

その食口に対して「許す」とおっしゃり、
そのかたも悔い改めたのです。

それからの孝進様は、
「私は名前のとおりに生き、良く死ぬ」
と繰り返し語られるようになりました。

 
2004年に「最後の祈り」の詩を
書かれた日のことを思い出します。

孝進様はご自分で歌ったこの曲を
何十回となく聴かれて、ひたすら泣かれました。

恨みを超え、常に前を向いて歩まれた

 孝進様は、真の父母様の解放のために身もだえしながら、
信じられないほど重い十字架を背負って、
目を覆うほどに痛々しく人生を駆け抜けて行かれました。

私は個人的には、孝進様の勝利は
「恨みを乗り越えた」ということではないか
と思っています。

孝進様は憤怒に翻弄されながらも、
常に前を向こうと努力されました。

真のお父様が「敵を許しなさい」と言われたみ言は、
孝進様がその生涯を懸けて闘ってこられた
命題だったのです。

そうであるからこそ、真のお父様から
「深天開放苑 忠孝開門主」という
偉大なお名前を賜ったのだと思います。

(『トゥデイズ・ワールド ジャパン』2015年9月号掲載)

  
真のお父様のみ言

  霊界は秘密のようになっています。
  だれも知りません。
  深く、広く、高い天です。
  無限大の世界です。

  「深天開放苑」。
  それを開放することのできる新しい国の園
  という意味の「苑」です。
  開放する新しい園が開かれたのです。

  ……それから「忠孝開門主」です。
  忠と孝の天の門が開かれ、
  家庭に平和の柱を立てるためには、
  開門主となって、父子の関係を持った家庭が
  代表にならなければならないのです。

(2008年3月18日、孝進様の聖和式後のみ言)

230319.png

【聖和15周年特別企画】
文孝進様の孝情に学ぶ 7
証し 文孝進様の思い出
「真の父母様の解放のために身もだえされた生涯」
(Blessed Lifeより)
わかりやすく読んでいただくため、
段落や節の区切りを再編集しています。
文責:ten1ko2


孝進様の生涯・・・
証しにあるように、「恨みを乗り越えた」方、
それが孝進様の勝利である、と言われます。

真の子女様の歩み、
特に長男であられた孝進様は、
とうてい言い表すことができないような、
苦難の道を歩んでいかれました。

しかし、すべてを感謝して
乗り越えていかれた孝進様でした。

音楽の道に行かれるときも、
お父様は、辞めるように言われたのですね。。。

本当の孝行の道は何なのか、
それを教えていただいたような、
そんなことも思います。

今は、霊界で、お父様とともに、
私たちを協助してくださっています。

孝進様の歩みに心から感謝いたします。




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2023年03月05日

(証し)昏睡状態の興進様が私に語った思い 「み意ならば私は逝きます」 



230305.jpg


在米の日本人教会員の方の
文興進(ムン フンジン)様に関する
感動的な証し(体験談)を紹介します。



私は死にたくない…しかし、
他に方法がなければ、私はその道を行きます


私は文興進様の事故の前に、親しい関係を持たせて頂き、
そして、興進様が昏睡状態にある間に
とても貴重な忘れられない体験をさせて頂きました。

文興進様について、いつも私が驚かされたのは、
私たち全員に非常にきめ細かく、
とても優しい心で接してくださったことです。


興進様が、若い兄弟たちと一緒に数日間
べリータウンの統一神学大学院に行かれた際、
私は一緒に行くように呼ばれました。

すべてを覚えてはいませんが、
忘れることのできない一つの出来事があります。

ある日、ラインクリフ橋の近くでキャンプをするために
みんなで馬に乗って行きました。

橋の近くに着くと、興進様は
「今夜ここでキャンプして魚を釣ろう」と言われました。

それで釣りをしたのですが、何も釣れませんでした。

興進様は、「何か釣ろう。
あきらめないで。」と私たちを励まされました。

ようやく、暗くなる直前に、私たちは
小さな魚を一匹釣ることができました。

それからすぐにテントを張って、
その小さな魚を焼き、みんなで一緒に食べました。
とても温かくて親密な気持ちでした。


そして、とても悲しい日がやってきました。
それは1983年月12月22日でした。

興進様は、2人の2世の友人と一緒にべリータウンに行かれました。

帰り道、興進様がラインベックのフォーブラザーズピザに
立ち寄られたところで電源(?)が切れました。
もし電源が切れていなかったら、
事故を避けることができたかもしれません。

私は、興進様が事故に巻き込まれ、少年二人と一緒に
聖フランシス病院に運ばれたという電話を受けました。
初め、聞いていたことが信じられませんでした。

私は子女様を乗せて病院に運転して行きました。
真の父母様は、韓国で勝共決起大会(8ヶ都市)の最中でした。

後に、興進様が非常に困難な状況下で、
一瞬の判断で犠牲的な決定を下すことによって、
2人の少年の命を救ったと聞きました。

滑りやすい坂道の路面で、18輪トラックが
制御を失い、道路全体を塞いでいました。
興進様はハンドルを右に切ることで、
自らが最も大きな外傷を受け、同乗の少年たちが
深刻な被害を受けるのを防ぎました。

その結果、二人の少年は生き残りましたが、
興進様は昏睡状態で長い戦いの末に亡くなられました。
亡くなられたのは、1984年1月2日でした。


事故の後、興進様が昏睡状態にあるときに体験したことは、
永遠に私の人生観を変えました。

それは、驚くべき霊的体験でした。
霊界が存在することを知的には理解していましたが、
その経験を通して、私は霊界が
本当に存在することを知るようになりました。

その夕方、私はベルベディアのアゴラハウスで
統一武道を一人で練習していました。

一人でいたのですが、突然、誰かが私の名前を呼ぶのが聞こえました。
最初は聞き間違えたと思い、何の注意も払わないでいると、
また私を呼ぶ声が聞こえました。
周りを見回しましたが、誰もいませんでした。

何が起こっているのか不思議に思い、少し怖くなりました。
すると、また私の名前を呼ぶ声が聞こえ、
そこで、初めて、興進様の声だと気づきました。

涙が湧いてきて、私がマットの上にひざまずくと、
その声がまた、私に呼びかけました。

「死にたくないです。
.....なぜなら、私は、まだ祝福も受けていないのです。
真の父母様に抱きしめてもらいたかったのに......」
と言われました。

長い間静かなときがあった後、
「しかし、他に方法がなければ、
私はこのまま逝きます。

頑張ってください.......」

私は、何が起こっているのか
よくわからなかったのですが、
その言葉が心にささやいていたことは、
とても鮮明に覚えています。

どれくらいそこに座っていたのかわかりません。
私はただ泣いて泣き崩れていました。


私はしばらくの間、この体験を誰とも共有しませんでした。
しばらくはその経験が私にとって何を
意味するのかわかりませんでしたが、
後になって、興進様が私と共有されようと
したことがはっきりとしてきました。

私には真の父母様との大切な体験もあるのですが、
この文興進様との親密な体験は、
その後の私にとても深い影響を与えることになりました。

非公開サイトで紹介された証しを
抜粋し、再編集しました。
原文をもとに
分かりやすい表現に編集しています。
ご了承ください。 文責:ten1ko2


貴重な証し、ありがとうございます。
生死をさまよっておられるときですから、
生霊(いきりょう)の興進様が
来られたのでしょう。

誰でもが体験できるわけではありませんが、
本物の興進様であったのは、
間違いないことでしょう。

興進様は、その当時、
真の父母様を支える一番の孝子(孝行息子)でした。
「私がお父様を守る」と
いつも言っておられたといいます。

おそらく、興進様も事故で
突然、瀕死の状態となって、
「死にたくない」というのは、
ただ単に自分が死ぬのが嫌だから
という以上の心情だったことでしょう。

御父母様に対するあふれるような思い、
その本音の思いを打ち明けたのだと思います。

それに対し、真の父母様は、愛のお方なので、
興進様を先駆けて霊界に送ると祝祷され、
霊界の救いの門を開いてくださいました。

興進様と父母様の愛が、死を超えたことにより
愛勝日の宣布が成されました。
心から感謝いたします。




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