2023年08月09日

私も応援してきました! 緊急シンポジウム「鈴木エイト氏“宗教ヘイト”発言を糾す」 《経緯と報告・後藤徹代表》



230809-2023.0806(2).jpg

230809-2023.0806.jpg


全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会のHPに
代表・後藤徹さんが、先日開催されたシンポジウムの様子、
そこに至るまでの経緯と、後藤さんの心の動きがつづられています。

(シンポジウムは、YouTubeで見ることができます。
下に添付します。)




8月6日シンポジウム ドキュメント「怒涛の1週間」

8月6日のシンポジウム、「鈴木エイト氏
“宗教ヘイト”発言を糾す」は無事に終了いたしました。

ゲストスピーカーの国際弁護士の中山達樹先生、
ノンフィクション作家の福田ますみさん、
そして韓国から急遽来日していただいた拉致監禁被害者のTさん。

また、3日という準備期間で協力して下さった、
全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会および
家庭連合の信徒の皆さま、シンポジウム開催のため、
ご尽力いただいき心から感謝申し上げます。

【怒涛の一週間】

7/30からシンポジウムが行われた
8/6までの一週間は、怒涛の一週間でした。

鈴木エイト氏の「ひきこもり」
「どうでもいい」発言、
そして、その後、彼がTwitter(X)に
書き込んだ一連のツイート。

当会関係者の間で「これは放置できない」
との声が上がり始めた。

「この発言は酷いよ」
「放置できない」
「なにかやろう」

私も気持ちが高ぶり、
「みなさん、近々、家庭連合(旧統一教会)信者、
拉致監禁、脱会強要被害 決起集会?
えーい、もう何でもいいや。
とにかく何かやりましょう!
もう、黙っておれんわ!」
と8/3日の朝にtweet。


国際弁護士の中山達樹弁護士は、
エイト氏の一連の発言を知り
「何かやるべき」と瞬時に反応。

鈴木エイト氏に質問した福田ますみさんも
「やりましょう!」と即断された。

私は急遽、韓国在住の拉致監禁被害者、
女性信徒Tさんに連絡した。
Tさんは、突然の電話にはじめは驚いていた。
しかし、経緯を話すと
「私、行きます!」と決断して下さった。

彼女が被った悲惨極まりない拉致監禁被害。
あの悪夢がまた勃発するかもしれない。
誰よりも拉致監禁、強制棄教の苦しみを知る
Tさんが急遽来日することになった。

「シンポジウムをやろう」
「やるなら早い方がいいよ」

結局、次の日曜日、8/6(日)に行うことが決定。
決まったのが開催日の3日前。

テーマが決まった。
緊急特別シンポジウム 
「鈴木エイト氏“宗教ヘイト”発言を糾す」


【鈴木エイト氏・ヘイトはしない】

やるべきことはあまりにも多い。
手分けをして、方々に手配。

今回は家庭連合の協力無くしては難しい。
会場は本部2階の礼拝堂。
準備には多くの信徒の皆さんが協力して下さった。

それにしても、開催まで3日。
主催者の挨拶、プレゼン、どうするか、何を話すか…

決めたはいいが、血の気が引いた。
何せ、生配信でアーカイブも残る。

決めた日から、緊張のあまり
「おえっ、おえっ」と、えずきが止まらなくなった。

他のスピーカーの皆さんも、たいへんだったようだ。
それはそうだ。
「3日後にプレゼン、お願いします」
こんな無茶ぶりは非常識。

皆さん、それだけをやっているわけではない。
他にも仕事がある。

でも、もうやると決めた。
これは放置できない!
皆さんの思いは一つとなった。


シンポジウム開催にあたり、まず、
私が意識したのは「意趣返しになってはいけない」、ということ。

鈴木エイト氏の発言は到底許すことができない。
彼がTwitter(X)に書き込んだ、
「「拉致監禁だ!強制棄教だ!」
と被害者面でアピールしているだけ」

「『被害者アピール』は取り上げる価値もなく
『どうでもいい』こと」

その発言を放置すれば
新たな拉致監禁を誘発する恐れがある。

何よりも拉致監禁によって
深く傷ついた被害者の心を蹂躙し、
拉致監禁被害者を侮辱し愚弄する発言だ。

しかし、それに対し、憎しみで返してはいけない。
憎悪は新たな憎悪を生む。きりがない。

「鈴木エイト氏・ヘイトはしない」を
関係者の間で共有した。


【鈴木エイト氏の本性が露わに】

今回のシンポジウムで改めて拉致監禁被害の深刻さ、
悲惨さが共有できたと思います。

監禁中に自殺した若き女性信徒
脱会説得者にレイプされて
泣く泣く告訴を取り下げた女性信徒
拉致監禁の後遺症のPTSDで地獄の苦しみを味わった女性

そして、20人もの男に集団で襲撃され、
1年3か月にわたって監禁された韓国在住のTさん。

この拉致監禁、脱会強要という深刻な人権侵害に対し
「被害者面でアピールしているだけ」
「どうでもいいこと」
と言い放つ鈴木エイト氏。

いよいよ彼の本性が
露わになってきているのではないか。

多くの拉致監禁被害者のみなさんも
会場に駆けつけてくださった。

お話を聞くと、皆さん、鈴木エイト氏の
発言に対し、激しく憤りと怒りを表明されていた。

少しでも多くの方に
今回のシンポジウムの映像が届いて欲しい。

二度と悲惨な拉致監禁、
脱会強要の被害者を出ないためにも。

8月6日シンポジウム ドキュメント「怒涛の1週間」
https://kidnapping.jp/news/8%E6%9C%887%E6%97%A5.html
全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会HP
再編集 文責:ten1ko2



緊急特別シンポジウム 鈴木エイト氏「宗教ヘイト」発言を糾す
全国拉致監禁・強制改宗被害者の会


「どうでもいい」
私も拉致監禁、脱会強要の被害者として、
怒りを通り越し、到底理解することはできません。

12年5か月もの間、拉致監禁を受けていた後藤さんを
「引きこもり」と称した鈴木エイト氏。
ジャーナリストから発する言葉ではありませんね。
まぁ、あくまでも「自称」ジャーナリストですが。

私は、後藤さんの旧知の仲でもあり、
連絡をいただき、「参加してくれませんか?」
とお誘いを受けたので、当日、参加させていただきました。

質疑応答の中で、不足ながらに質問をしました。
私達を応援してくださっている
中川弁護士から回答を受けました。

結果的には、マスコミや世論の風向きが変わらない限り、
いくら犯罪にも当てはまるような異常なことをしている
反対牧師たちであったとしても、
刑罰で裁かれることはない、ということです。

ただ、そのシンポジウムに参加していたメディアの方、
その中には、この拉致監禁という事件があったということを
知らない人もいたようで、「今後も関心をもって見ていく」
と感想を述べていたそうです。

とにかく地道に活動を続けることが
重要なのだ、と思いました。

知り合いの関係者は、シンポジウムを視聴して、
当時のことがよみがえり、
もどかしい思いになったとのことです。
被害者の傷は、年月が経っても
簡単に癒えることがありません。

私たちが、活動を継続することを通して、
多くの人に共感してもらうこと、
そして、何よりも私たち自身が
幸福な家庭を築いていくことが一番だと感じます。

もともと後藤さんを応援するために始めたこのブログです。
これからも地道に続けていきたい、と思います。




にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)

2023年04月11日

12年5ヵ月を支えたものとは──後藤徹さんの勝利の秘訣 諳んじていたみ言



60015.jpg


まるで、神様が『愛する息子よ!』
と泣かれながら
私の霊人体を抱きしめてくださっている、
そのような体験を幾度もしました。



先日、ふとしたことで後藤徹さんに
思いを馳せることがありました。

彼の壮絶な拉致監禁による強制改宗の体験と
生還は、私にとっても大きな意味があります。

ということで、今日は、後藤徹さんの
勝利の秘訣を紹介します。

12年5ヶ月もの監禁生活を
支えていたものとは何だったのでしょうか?


私が耐えることができた最大の理由は、
真のお父様のみ言の力があったからです。

真のお父様ほど生涯において多くの迫害を受けてきた
宗教家も、まれでしょう。
その経験も踏まえて語られたみ言には、
迫害に関するものが数多くあります。

私は、一回目の監禁から解放された後、
再び拉致監禁される可能性を考えて
迫害に関するみ言を熱心に学習しました。

さらに、監禁下でみ言に自由に触れることが
できない状況を想定し、
そのみ言を丸暗記して備えました。


さらに、特に苦しいときには
真のお父様の生涯路程を思い起こす努力をしました。

お父様は冤罪で投獄され、
拷問など地獄のような境遇の中でも
自分のことよりもまず神様に思いをはせ、
神様を慰めていかれました。

その結果、お父様は絶体絶命の
厳しい環境の中でも神によって守られ、
幾度も奇跡の生還を果たしてこられました。

私は監禁中、苦しいときほど
このお父様の心情姿勢を手本にしようと務めました。

精神的にも肉体的にも本当につらく、
もう限界だというときには、
あえて自分のことよりも自分を見詰め、
自分以上に苦しんでおられるだろう神様のことを思い、

『神様、どうぞ見ていてください。
私はどんな難しい状況でも決してあなたを裏切りません。
必ず信仰を全うして生還いたします。
どうぞそこで見ていてください』

と祈りを捧げました。

すると、心がぱっと温かくなり、
次第に全身が熱くなり涙が流れてきました。

まるで、神様が『愛する息子よ!』
と泣かれながら私の霊人体を抱きしめてくださっている、
そのような体験を幾度もしました。

そうすると、連日監禁下で
取り囲まれている悪口を言われ、
中傷、罵倒されることによってズタズタになった
私の心の傷が癒されると同時に、
霊的なパワーが私の霊人体に注ぎ込まれるのを感じました。

私はこの神様からの力により、
いつ終わるかもしれない監禁下での闘いに
倒れることなく耐え忍ぶことができたのです」

トゥデイズ・ワールド ジャパン2014年3月号
「精誠の頂」より


み言は私たちの霊的命の根源、霊的命の糧であると感じます。
後藤さんもみ言によって生かされていました。
そんな後藤さんに、神様は寄り添うように
共にいて、力を与えてくださいました。

「父をまず慰めなさい。
このような者は神が抱えて痛哭なさるだろう」
と言われますが、まさしくその通りの証しです。

七死復活されたお父様。
具体的に、死の十字架を越えていかれた
お父様の実体験こそ、どれだけ後藤さんの力になったでしょう。

真の父母の存在自体が、彼の救いになり
そして、神様自らが、直接働かれました。

おぎゃあと生まれた子どもが12歳を越える年月というのは
けして短いものではありません。

後藤さんは、試練の中を、ただただ
父母のみ言と生き様を心の支えにして、
ご父母様が行かれたごとくの道を歩まれました。

ですから、結果として、真のご父母様と、神様が
後藤さんを守られた、といってもいいと思うのです。

父母と神と一緒であったのですから、
「振り返ってみれば、愛だった」
と、きっと感じておられることでしょう。

普段の私たちの信仰生活においても
心がけるべきものであると感じます。




後藤さんがそらんじたみ言

歴史上から見て、
善人たちは常に打たれてきました。
聖人たちも常に打たれてきました。

ただそれだけを見ると
彼らはみな負けたような姿でありました。

しかし、彼らは決して負けたのではありません。
彼らは必ず最後の勝利を
勝ち取るようになっているのです。

これが天の戦法です。
イエス様もそのような戦法をとられたのです。

それゆえに、我々の歩む道は
決して平坦ではありません。
苦痛と受難があふれている道を
我々は歩いていくのです。

平坦な道を歩もうとする者───
そういう人は、天に対しては
反逆者であると考えて間違いありません。


(生涯において何をなすべきか 
1970年9月27日



にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)



※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)

2023年02月09日

たとえ裏切られたとしても愛する 中3少女の祈りに、神様が涙;;《感動の証し》




m_E5B091E5B9B4E382B5E383A0E382A8E383AB.jpg


知人からある祝福二世の
証しを聞きました。
少しアレンジして紹介します。


彼女は母一人、子一人、父も兄弟もいません。

その子が3歳の時、
お父さんがいないことに気づきました。

「ねえママ、パパはどこ?」

お母さんは答えました。
「パパはね、遠いところで働いているのよ」

「そうなんだ、遠いところか・・・」

お父さんがいない寂しさを
遠いところにいるということで
心の穴を埋めざるを得ませんでした。

その時から、その子は
お父さんのことは何も言わなくなりました。


遠くで働いているお父さん・・・
そう信じていたのですが、
小学校6年生のとき、お母さんに言われました。

「お父さんのことなんだけど、
もう一緒に暮らせなくなったんだ・・・」

その子はびっくりしました。
一緒に暮らせないなんて・・・

その思いを抱えながら、ずっと過ごしました。


そして、中学3年生のとき、
神様に祈りを捧げました。

「教会では真の家庭、
幸せな家庭と言っています。
しかし、うちは違うと思います。
お父さんのいない家庭なんです。
神様、私の家庭だけ、
何で、こんなに不幸なのですか」

お父さんのことを祈り、
自分の気持ちを祈ったのは、
この時が初めてだったといいます。


その時、神様がその祈りを聞いて、
自分と共に泣いていることを感じました。

神様が私を思って、
泣いてくださっている・・・

その時に、自分のために流した涙が、
神様を思う涙に変わりました。

神様は私のことを愛してくださっていたんだ、
今まで、私のことを愛し、
見守ってくださっていた・・・

今まで神様なんていないと思っていたけれど、
神様はいつも私と共にいて、
悲しみ、苦しんでおられたんだ・・・

そして、私が悲しんでいる以上に、
神様が悲しんでおられたんだ。
だから、神様に心配をかけないように
これからは、頑張っていこう。

少し気持ちが変わってきました。


そして、後年、驚くべき事実を知りました。
父親の本当のことを初めて知りました。

実は、お父さんは、彼女が3歳の時、
拉致監禁を受けて、教会を脱会しました。
そして、そのまま奥さんと娘を置いて、
去っていったのです。

彼女は衝撃を受けました。

お父さんが、拉致監禁されて、
統一教会を辞め、
それでうちから出て行ったなんて・・・

最初は受け入れることが出来ませんでした。


しかし、そんなお父さんに対して、
愛せない、許せない思いを乗り越えることのできる
きっかけがありました。

真のお父様の詩、「栄光の王冠」を
知ったのです。

たとえ だまされたとしても 
信じなければなりません。
たとえ 裏切られたとしても 
赦さなければなりません。
憎む者までも ことごとく愛してください。
 (下に全文掲載)

真のお父様は、不条理な思いを
全て乗り越えてこられました。

ご自身には何の罪もないにも関わらず、
自分を攻撃し、迫害するものに対し、
許し、愛してこられました。

憎まれても憎まず、
恨まれても恨まない、
そんな、お父様のようになりたい、
心からそう思いました。


そして、真のお父様のことを思うと、
実のお父さんに対する思いが
なくなっていきました。

また、お母さんは今まで彼女に
本当のことを言いませんでしたが、
ずっと一人で忍耐して、
私を愛してきてくれた・・・

お母さんが彼女を愛し続けたのは、
背後に真の父母様の存在があったからです。

お母さんは、真の父母様を慕い続けたからこそ、
試練を乗り越えてきたんだろうと思います。

しかし、お父さんはいないけれど、
真のお父様がいます。
お母さんを支え続けた、
お父様、お母様、
真の父母様がいてくださいます。

母一人子一人の家庭ですが、
二人だけではありません。

真の父母様を求めて、信じていきたい。
そして、真の父様が愛する兄弟姉妹たちとともに
歩めることを感謝して、頑張っていきたいと、
彼女は決意しています。

文責:ten1ko2


実は、これは、10年以上前に紹介した証しです。
この証しの2世もきっと
成長して立派な大人になっていることでしょう。

拉致監禁によって、
このように家族が分断されるケースもあります。

一度は神様と父母様を信じ、
祝福を受けながらも、
拉致監禁によって、
家庭を破綻させることを選ばせる
反対派たちがいます。

神様は、そんな犠牲になった家庭の
一人ひとりも見つめられながら、
涙を流しておられるのでしょう。

今、宗教2世について問題視される中にあって、
ほとんどクローズアップされない、
拉致監禁・強制改宗の被害によって
このように犠牲となる家庭、
子どもたちがいることを知ってほしいです。

拉致監禁の被害は、過去4300件を越えますが、
このような悲惨な事件がもうこれ以上
繰り返されることがないように、また
拉致監禁後、めちゃくちゃになった家族の関係に
苦しむ兄弟姉妹たちのためにも
どうか、祈りを寄せていきましょう。




にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
良い記事だと思った方は、
応援のクリックをお願いします!

(なお、記事冒頭の哲学・思想ブログのバナーも
ブログ村のバナーとなっています
どちらからでも応援して頂けます)


「栄光の王冠」
Crown of Glory


 私が人を疑う時 私は苦痛を感じます。
 私が人を審判する時 私は耐えられなくなります。
 私が人を憎むと時 
 私は存在価値を失ってしまいます。

 しかし もし信じれば
 私はだまされてしまいます。
 今宵 私は手のひらに頭を埋め 
 苦痛と悲しみに震えています。
 私が間違っているのでしょうか。
 そうです。私が間違っているのです。

 たとえ だまされたとしても
 信じなければなりません。
 たとえ 裏切られたとしても 
 赦さなければなりません。
 憎む者までも ことごとく愛してください。
 涙を拭いて 微笑みで迎えてください。
 人をだますことしか知らぬ者たちを
 裏切りながらも 
 悔い改めのできない者たちまでも・・・。

 おお主よ! 愛するという痛みよ!
 私のこの苦痛を御覧ください!
 熱きこの胸に 主のみ手を当ててください!
 私の心臓は 深き苦悩ゆえに 
 張り裂けんばかりです。

 しかし 裏切った者たちを愛した時 
 私は勝利を勝ち取りました。
 もし あなたも 私のように愛するならば
 私はあなたに 「栄光の王冠」をお捧げします。


(Rev. Sun Myung Moon 1935年、満15歳)


※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)