まるで、神様が『愛する息子よ!』
と泣かれながら
私の霊人体(心、魂)を
抱きしめてくださっている、
そのような体験を幾度もしました。
と泣かれながら
私の霊人体(心、魂)を
抱きしめてくださっている、
そのような体験を幾度もしました。
☆
12年5ヶ月の拉致監禁・強制改宗を経験した
被害者の会、代表の後藤徹さん。
最近、TBSのニュース番組への抗議文を送られたり、
韓国におけるサミット2022でも
報告されていましたね。
(記事の最後に掲載)
後藤さんの12年5ヶ月もの拉致監禁生活を
支えていたものとは何だったのでしょうか?
今回は、その勝利の秘訣をお伝えします。
彼は、生死さえも危うい状況を越え、内的にも信仰を保ち、
見事に乗り越えて戻ってこられました。
後藤さんの勝利の秘訣として、
二つあげることが出来ると思います。
☆
私が耐えることができた最大の理由は、
真のお父様のみ言の力があったからです。
真のお父様ほど生涯において多くの迫害を受けてきた
宗教家も、まれでしょう。
その経験も踏まえて語られたみ言には、
迫害に関するものが数多くあります。
私は、一回目の監禁から解放された後、
再び拉致監禁される可能性を考えて
迫害に関するみ言を熱心に学習しました。
さらに、監禁下でみ言に自由に触れることが
できない状況を想定し、
そのみ言を丸暗記して備えました。
鴨野守(元広報局長)著「精誠の頂」より
☆
み言は私たちの霊的命の根源、霊的命の糧であると感じます。
後藤さんもみ言によって生かされていたのです。
そして、もう一つの秘訣は以下の通りです。
☆
さらに、特に苦しいときには
文先生の生涯路程を思い起こす努力をしました。
先生は冤罪で投獄され、
拷問など地獄のような境遇の中でも
自分のことよりもまず神様に思いをはせ、
神様を慰めていかれました。
その結果、先生は絶体絶命の
厳しい環境の中でも神によって守られ、
幾度も奇跡の生還を果たしてこられました。
私は監禁中、苦しいときほど
この先生の心情姿勢を手本にしようと務めました。
精神的にも肉体的にも本当につらく、
もう限界だというときには、
あえて自分のことよりも自分を見詰め、
自分以上に苦しんでおられるだろう神様のことを思い、
『神様、どうぞ見ていてください。
私はどんな難しい状況でも決してあなたを裏切りません。
必ず信仰を全うして生還いたします。
どうぞそこで見ていてください』
と祈りを捧げました。
すると、心がぱっと温かくなり、
次第に全身が熱くなり涙が流れてきました。
まるで、神様が『愛する息子よ!』
と泣かれながら私の霊人体を抱きしめてくださっている、
そのような体験を幾度もしました。
そうすると、連日監禁下で
取り囲まれている悪口を言われ、
中傷、罵倒されることによってズタズタになった
私の心の傷が癒されると同時に、
霊的なパワーが私の霊人体に注ぎ込まれるのを感じました。
私はこの神様からの力により、
いつ終わるかもしれない監禁下での闘いに
倒れることなく耐え忍ぶことができたのです」
鴨野守(元広報局長)著「精誠の頂」より
☆
「父をまず慰めなさい。
このような者は神が抱えて痛哭なさるだろう」
と言われますが、まさしくその通りの証しです。
具体的に、死の十字架を越えていかれた
文先生の実体験こそ、どれだけ後藤さんの力になったでしょう。
真の父母の存在自体が、彼の救いになり
そして、神様自らが、直接働かれました。
この証しを読みながら、
自分の体験した当時のことを思い出されます。
生きた神様がともにあり、
癒されていったが故に
長い期間の監禁生活を見事に
乗り越えていかれたのだと思います。
おぎゃあと生まれた子どもが12歳を越える年月というのは
けして短いものではありません。
後藤さんは、試練の中を、ただ
父母のみ言と生き様を心の支えにして、
父母様が行かれたごとくの道を歩まれました。
ですから、結果として、父母様と、神様が
後藤さんを守られた、といってもいいと思うのです。
父母と神と一緒であったのですから、
「振り返ってみれば、愛だった」
と、きっと感じておられることでしょう。
後藤さんが暗記され
監禁中にも諳(そら)んじていた、
み言を紹介して終わります。
☆
歴史上から見て、
善人たちは常に打たれてきました。
聖人たちも常に打たれてきました。
ただそれだけを見ると
彼らはみな負けたような姿でありました。
しかし、彼らは決して負けたのではありません。
彼らは必ず最後の勝利を
勝ち取るようになっているのです。
これが天の戦法です。
イエス様もそのような戦法をとられたのです。
それゆえに、我々の歩む道は
決して平坦ではありません。
苦痛と受難があふれている道を
我々は歩いていくのです。
平坦な道を歩もうとする者──
そういう人は、天に対しては
反逆者であると考えて間違いありません。
(生涯において何をなすべきか 1970年9月27日)
TBS「NEWS DIG」への抗議文
全国拉致監禁・強制改宗被害者の会
全国拉致監禁・強制改宗被害者の会
※ このブログは、
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)
あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
教会本部の意向とは直接関係がありません。
過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。
さらに、当ブログの記事に対して
曲解や悪用ととれる引用、
無断転載はお断りいたします。
(善なる目的で使用することに関しては
その限りではありません)