11の続きです。
ヨーロッパの責任者(大陸会長)に夫の拉致監禁を直接報告することができてから、
全てが変わってきました。
霊的な壁を突破できたような感じでした。
首都から、任地の地方に戻り、私たちは新しいリーダーを迎えました。
彼は日本人を奥さんに持つ英国人で、再び英国に呼び戻されるまでの間、
私たちはとても有意義な日々を過ごすことができました。
人事されて来てすぐに、
彼が夫の拉致監禁の詳細を話してみるように言ってくれた時は、
とてもありがたく感じました。
それまでが嘘のように自然に、メンバーたちで、毎日祈ってくれるようになったことも。
その頃、夫は偽装脱会をし、拉致監禁は解かれ、
(反対派の)教会からの教育を受けていました。
もちろん、行動が自由になったわけではありませんが、
監禁状態とは違います。
そして、自由時間が持てたすきに、
所属していた(統一教会の)教会に連絡を入れることができました。
その内容を知らせる電話を私が受けた時、みんなが喜んでくれました。
夫は車で迎えにいく約束をして、反対派の教会から逃げてくる手筈になりました。
その時間に私たちはメンバー全員でずっと導かれるように祈りました。
結果として、夫は無事に教会に戻ることができました。
あの頃、悲壮な思いで必死に毎日祈りながら歩み続けたことを思い出すと、
自分自身でも健気に思えるほどです。
恥も外聞もなく、食口の知り合いにはみんな知らせて祈ってもらったり、
国の責任者に手紙を書いたり、ヨーロッパ会長に直に報告したり、
断食をしたり、できることは全てしました。
そして、後で聞いてみると、霊的には私と夫は共に歩んでいたかのように、
見えない大きな壁を越えたタイミングが同じでした。
神様に深く感謝すると同時に、
私は不遜にも、内心、彼が助かったのは自分の勝利だと思っていたくらいです。
夫の拉致監禁という危機の時には、自分を褒められるくらい頑張れたことを思い出しながら、
あの時のように真剣に、精誠を尽くして歩むならば、怖いもの知らずだと思います。
あれは火事場の馬鹿力だったようですが…(笑)。
今でも、もしかして(彼が還って来れなかったら…)と考えると感謝しかありません。
夫の拉致監禁前に文先生が夢に現れて、
「信じ合っていくんだね」と言ってくださった、
それが彼の監禁中の、私の心の支えでした。
そういう霊的な支えがあったとしても、
それでもどうなったかわからないくらい、
反対派の拉致監禁での強制改宗の手口は半端なものではありません。
還って来てくれたことは、奇跡的なことと言ってもいいでしょう。
私たち家庭が存在すること自体、なかったかもしれないのですから、
そこに戻ると何もかもが感謝です。
そして、あれから15年以上もたって、
4人もの子女を与えて頂いたことは、
やはり、神様からのプレゼントとしか思えません。
今、この時にこのブログを通して、
この体験を発表できる日が来るとは思っていもいませんでした。
なぜかブログ村で1位になっていることは、
これも私たちの力ではありません。
神様と、御父母様(文先生ご夫妻)のことを証すことが、このブログの目的です。
そして、統一教会の真実を
少しでも教会外の人たちに知ってもらえればと思うのです。
今のところは教会員の方々の支持を多く頂いていると思うのですが、
読んでくださっている方々、本当にありがとうございます。
これからも、日本中で、また世界のあちこちで、
神様のために歩んでいる人たちに、私たちが知り得る情報を、
お伝えしていきたいと思います。
今、私たちの人生の中で、一番精誠を捧げる時かと思います。
頑張っている方々に、あの時私たち夫婦にも働いた神様が
きっと守って導いてくれることを信じています。
健闘をお祈りいたします。