2024年06月28日

思春期の娘のことで一喜一憂、父が「呼名祈祷」を始めると、奇跡か……! 《編集部員ブログ》



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光言社編集部員ブログより、
今回は、「呼名祈祷で感じたこと」を紹介します。

呼名祈祷で感じたこと

今年2月、『世界家庭』編集部4人のうち、
3人が同時に新型コロナに感染したことがありました。
そのとき感染しなかったのが、私です。

編集部の感染状況を知ったのは、日曜日の夕方でした。
たとえ感染していても、症状が出ない人もいます。
私は、万が一感染していて、家族に
うつしていたらどうしよう≠ニ、いつも以上に焦りました。

というのも、翌日から次女(中2)の期末試験が始まるからでした。
結果は内申点に反映され、高校受験にも影響するのです。

以前に学校から、「試験期間に休むと、
あとでテストを受けても100%の評価はされず、
参考程度にしか扱われない」と説明を受けていました。

私はすぐに、娘に体調を尋ねました。
すると、「喉がイガイガする」と言うのです。

やばい……。

自分で計画を立て、今まででいちばん勉強をしていた娘でした。
そんな姿も思い浮かび、心配性の私は、
大丈夫だろうかと落ち着かなくなりました。


夜、寝床に入っても、頭はぐるぐると回転し、
全く寝つけません。

午前2時になったとき、どうせ寝られないし、
朝まで呼名祈祷をしよう!≠ニ起き上がりました。

祈りながら朝を迎えたとき、私は
こんなイメージを抱いていました。
きらきらと光り輝く中、娘が笑顔で、
「すっかりよくなったよ!」と言ってくると。

ところが現実は、「喉、痛くなってるんだけど」と一言。
娘は、幸い発熱もなく、学校に行き、無事に帰宅。
2日目に備えて勉強していたところ、その夜に発熱したのです。

私は一晩付きっきりで、おでこを
ぬれタオルで冷やして看病しました。
しかし快復せず、学校を休まざるをえませんでした。

そして、病院での診察結果は、「インフルエンザB型」でした。
新型コロナではなかったのです。

実は、娘のクラスでインフルエンザがはやっていて、
1日目から多くの生徒が休んでいたのです。
試験期間の終了後、学級閉鎖となり、週明けに、
マイナス評価なしでテストを受けることができました。

私は、学校側の寛大な措置に心から感謝しました。


通勤の際、3人の子供たちの名前を
ぶつぶつと唱えながら歩くことが多くなりました。

最近ふと、呼名祈祷って
風船に空気を入れているみたいだな≠ニ感じました。

風船は、形や大きさ、素材がさまざまで、
浮き上がるための空気(ヘリウムガス)の量は違います。

でも、どんな風船でも空気を入れ続ければ、
いつかは浮かび上がります。

子供たちに実体で尽くし、その心に
どれだけの思いを込めれば、
天に向かって浮かび上がるのでしょうか? 
私には分かりません。

天の前に名前を1回呼ぶのは、本当にわずかなことです。
それでも、決してゼロではありません。

ゼロでないなら、積み重ねれば必ず、
子供たちの心を満たすときが来るはずです。
そう信じます。

いつの日か、家族皆で神様のもとに飛んでいきたいです。

そして、全ての食口、祝福家庭の皆さんが、
そのようになることを願っています。


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世界家庭 編集部員のブログ
https://www.kogensha.jp/editor_blog/detail.php?id=4985
ところどころ割愛させて頂きました
再編集 文責:ten1ko2


呼名祈祷、うちの教会でも、
最近、流行りつつあります。

毎日、義理のお父さんを導くために、
数千回の呼名祈祷を捧げている、
比較的若い壮年の方が、
「ただですから」と言っていたのが、印象的でした。

彼の近くに、既成家庭の婦人が住んでいるのですが、
たまに、地域集会を行っているそうです。

ご主人は、教会に対してとても否定的になってしまい、
地域集会を自宅で行っても、「来るな」とは言わないまでも、
仏頂面で挨拶もしないような、そんな状況でした。

そのご主人のために、地域集会を開催する前、
数日間、1000回の呼名祈祷を捧げて、当日参加したとのこと。
案の定、ご主人は仏頂面だったのですが、
呼名祈祷を続けている土台があってか、
挨拶をして、服装を賛美したそうです。

そうしたら、普段見せない笑顔だったとのこと。
ご婦人もとても喜んでおられたそうです。

他にも、
〇普段、家に連絡がない息子が
「これからは、週に一回電話するね」と言ってきた。
〇この前、子供が家に訪ねて来て、
ふと「俺を生んでくれてありがとう」と
信じられないようなことを言ってきた。
などなど、小さな証しが続出しています。

天心苑徹夜精誠においても、
呼名祈祷を43000回捧げて、
教会に来なかったお父さんが来るようになった、
など、枚挙にいとまがありません。

ただ、名前を呼ぶだけで、
そんな証しが起こるものか、
と思う人がいるかもしれません。

しかし、編集部員の方が、書いておられるように、
呼名祈祷する=善なる空気を入れ続けているのです。

私も今の気運に負けじと
呼名祈祷をしているところです。


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2024年05月28日

代々木公園のタイムトンネルを抜けると、そこにはあの日の真の父母様が… 《光言社blog》 



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光言社編集者ブログ
「タイムトンネルを抜けると、
そこには真の父母様が…」です。


代々木公園といえば、「聖地」。

聖地を中心にNHKと代々木公園をぐるりと
40分ほど歩くのがここ数年続けてきた
平日のルーティンである。

そんな話題を教会学校で話していたら、
スタッフの先生から、小学校高学年の子供たちに
聖地をテーマに説教をしてもらえないかとの依頼を受けた。

聖地について学んだ後には、日を改めて
実際に聖地を巡礼する野外礼拝も企画したいのだという。

断る理由もない。
その日から筆者は、改めて「代々木」詣でに
熱を入れ込むようになった。

 
1965年、日本では東京(明治神宮内/1968年7月に代々木公園内に“移転”)を皮切りに、
全国8カ所(東京1/31、名古屋2/2、大阪2/3、高松2/4、
広島2/5、福岡2/6、北海道2/9、仙台2/10)
に聖地が決定されている。
今から59年前のことだ。

ちなみに、米国のデスバレーの聖地が決まったのは、
この年の2月25日(米国時間)のことである。

明治神宮といえば、1960年の夏、
「炎の伝道師」松本道子さん(松本ママ)が明治神宮外苑で
40日開拓伝道に全身全霊を投じたことは、
教会史においてよく知られている。

こちらは64年前の出来事。

 
ところで…。
1973年、今から51年前のことだが、この年の
7月18日から8月9日までの23日間という短い期間に、
代々木公園内で真の父母様を中心とする集会が
3回も持たれている。

7月18日には、教会本部で子女様の聖婚式が挙行された後、
およそ2000人の教会員が集まる中、
昼から夜まで長時間にわたってご聖婚の祝賀会が開かれた。

7月21日には同じ場所で1500人規模の集会が行われ、
8月9日にも多くの教会員たちが集まる中、
証し会の場が持たれている。


航空写真で見れば一目瞭然だが、
明治神宮と代々木公園は地理的には一続きであり、
一つの森林地帯を形成しているような場所だ。

「『代々木』の聖地巡礼を通して、子供たちに
時空を超えた真の父母様との出会いを体験させてあげたい!」

そのためには、解決しなければならない課題があった。

 
1973年に代々木公園内で真の父母様を中心とする
大きな集会が行われたことは事実なのだが、
筆者自身はその具体的な場所について
把握していなかったのである。

過去の記事と共に掲載された
写真の範囲でしか知らなかったのだ。

子供たちを集会が行われた場所に案内しようとすれば、
その位置をしっかりと特定できなければならない。

1973年へのタイムトラベルを実現するためには、
5W1Hをはっきりさせなければならないのだ。
いつ、どこで、誰が、何を、何のために、
どのようにしたのかを、である。

それを知るためには、当時集会に参加した先輩家庭、
あるいはそれを伝え聞いて知っているという人に
聞くのが一番である。

しかし事はそう簡単には運ばなかった。
先輩たちの証言や写真を頼りに場所を特定しようと、
何日も代々木公園に通い、熱心に探索に励むのだが、
なかなかたどり着くことができない。

代々木公園は、東京23区内では5番目に広い都市公園である。

公園とはいえ、そこは自然の摂理の中にある。
半世紀、51年の間にその様相は変化し、
景観も違うものとなっていた。
だから位置関係を把握するのも一苦労だ。


聖地巡礼の日まであと3日。
職場のトイレでたまたま隣に並んで用を足していた同僚に、
何気なく尋ねてみた。
代々木公園で行われた真の父母様の集会場所を知らないかと。

なんと! 彼は知っていた。

先輩教会員に教えてもらったことがあるというのだ。
「善は急げ」である。
筆者はその同僚と一緒にすぐに代々木公園に向かった。
トイレの神様に感謝しながら…。


写真を見ながら検証を始める。
同僚は昔の記憶を手繰り寄せつつ、
あちこち行ったり来たりしながら場所を絞りこんでいく。

日本統一運動史における記念すべきその場所には、
四本の大木が並んでいた。

51年前に数千人が集まったというその場所には、
今はさまざまな種類の樹木が並び立っていた。

当時の写真の背景にはっきりと映し出されていた
NHKの建物も新宿副都心の高層ビル群も、
今は繁茂する無数の枝と葉に覆われた大木によって
遮られ、見ることはできない。

そしてついに、その場所にたどり着く。

「ここだね」と筆者。

「うん、ここだ」と同僚が答える。

 
2024年5月19日。
聖地巡礼野外礼拝の当日を迎えた。
曇天ではあったが、天候にも恵まれた一日となった。

参加者は保護者と子供を合わせて70人弱。
渋谷駅で合流した後、代々木公園に向かった。
聖地で祈祷会をし、歩道橋を渡ってあの場所に向かう。

現在の聖地と1973年のあの場所をつなぐ歩道橋は
まさにタイムトンネルのようだ。

筆者は先頭に立って、祝福二世の子供たちを
1973年の世界に案内する。

真の父母様と当時の先輩教会員たちの、
燃えるような信仰と愛の歓喜に触れさせてあげたいと思った。

 
「ここにはお父様が、ここにはお母様がお座りになってね…。
ここがステージで、教会員たちが歌や合唱や漫才を披露したんだよ。

お父様はこの辺にお立ちになってメッセージを語られ、
そしてお母様も笑顔で歌を歌われたんだよ。

暗くなるまで和動会は続き、最後にお父様が祈祷され、
久保木初代会長が参加者に向かって
激励のエールを送って集会は幕を閉じたんだ…」

筆者は、部分的に残されていた無声映像の記録を頼りに、
7月18日の集会の様子をまるで見てきたかのようにリポートした。
過去と現在を、そして未来につなぐための語り部となりたかった。

タイムトンネルを抜けたその場所には、
53歳の真のお父様、30歳の真のお母様がいらっしゃった。

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最後に、参加した6年生と5年生の男子の感想を紹介したい。

「僕たちが生まれた年(2012年)に真のお父様は聖和されました。
直接お父様に会ったことはないけど、
お父様が決められた聖地に行けたこと、
お父様が過ごされた場所に行けたこと、本当に良かったです」

「今日初めて代々木の聖地に来ました。
代々木公園の中の、お父様とお母様が昔来られた場所にも
来られてよかったです。
ありがとうございました」

 
恩恵を受けたのは、何より筆者自身である。
一連の取り組みを通して、真の父母様を慕い求める
心情世界を育み鍛えてもらった。

記録の重要性、伝えることの大切さを痛感する時間にもなった。

霊人体が元気になっている、と自分でも分かる。

探索の道のりで疲れを感じることは全くなかった。
むしろ生きがいさえ感じて過ごしていた。
そこには、真の父母様を求めて一心に歩む自分の姿があった。


正午のチャイムが鳴る。昼休みの時間だ。
筆者は今日もまた、タイムトンネルをくぐって「代々木」を訪ねる。

Blessed Life 編集部員のブログ
https://www.kogensha.jp/editor_blog/detail.php?id=4934
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再編集 文責:ten1ko2


まさに、「トイレの神様」ですね!
紹介してくださった場所、行ってみたいと思いました。

お父様が狭山でみ言を語られた公園に、
以前所属していた教会で行ったことがあります。

やはり、父母様が縁を持たれた場所に行くと
父母様の心情を感じることができますよね。
早稲田の箱根山も然りです。

そう考えると、新たなる貴い場所、
まさに聖地のようなところを知ることができて感謝です。


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2024年05月20日

7年間、娘に無視された父・・・ 仲良し家族になれたのは 《編集者ブログ》



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ドイツでの韓鶴子総裁一行☆


7年間も父を無視したという娘さんの
証しなのですが、
あまりに身につまされるお話しで
掲載することにしました。

神様を初めて見せてくれた人

前回は、唐辛子を育てる母を紹介しました。(前回のブログはこちら
今回は、自慢の父を紹介してみようと思います。

私の父は、受け止め上手で感受性が豊か、
おしゃべりが大好きです。

家族が揃えば、父が先頭を切って
「コーヒータイムしよう〜」と皆に呼びかけ、
コーヒータイムという名の
「家族のおしゃべりタイム」がスタートします。

家庭出発で地元を離れた現在も、
週に1度は電話で近況を話しています。

(父から見て)母、妻、娘2人と、
女性に囲まれて暮らしていたからか、
男性としては少し珍しい性格なのかもしれません。


これだけ聞くと、仲の良い親子に感じる
かもしれませんが、以前はそうではありませんでした。

思春期に入った頃の私は干渉されることを嫌がり、
小6から高3までの約7年間、父を無視していました。

ところがその間、私が無視することに対して
父が怒鳴ってくることはありませんでした。

本当に伝えるべきことがあるときは、
母づてに伝えるか、携帯で長文のメッセージを
送るかして、無理に関わろうとすることなく、
ずっと待っていてくれたのです。


そんな状況で、父が唯一欠かさなかったのが
「挨拶」です。

無視されると知りながらも、毎朝仕事に行くときは、
私の部屋をノックしてドアを開け、
「おはよう。行ってきます」と挨拶をするのです。

もちろん私は無視。
布団を被って聞こえないようにもしました。

学校から帰ってくると、父は
「おかえり」と言ってくれましたが、
私は無視か、良くても「うん」と言うだけで、
すぐに父のいる部屋から出ていくようにしていました。

それでも父は7年間、
その挨拶をやめることはありませんでした。
今考えると、父はよく耐えられたな……と思います。


そのような中、関係性が修復していったのは、
今から約8年前。

訪問営業の仕事をしていた私は、
お客様から門前払いをされたり、
厳しい言葉を浴びたりすることがしょっちゅうでした。

それでも誠心誠意お客様に向き合う中で、
父が私に無視されてもずっと変わらなかったことが、
どれほど偉大なことであるかに気づいたのです。

また、娘から無視され続けることは
どれほど心苦しかっただろうかと思い、
深く反省しました。


その父の姿は、人類から何度無視されても
愛し続ける天の父母様の姿と重なりました。

父は、私にとって初めて
天の父母様を実体で見せてくれた存在です。

今では心から感謝していますし、
一番尊敬する人になりました。

こうして、とにかく両親に愛されたおかげで、
天の父母様の愛をよく感じることができ、
本当に仲の良い家庭になれたのだと思います。

私は家庭連合の二世として生まれて、
本当に良かったです。

再編集 文責:ten1ko2


いやぁ、お父さんの行動に屈服いたします。
娘に無視されても、絶対に挨拶はする、
と決意しておられたんでしょうね。。。

ある意味で、家族も伝道対象者です。
真の愛の実践を目指して、
愛の投入をしていきたいと思うのです。

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