2024年05月24日

霊界に動物はいるのか、第2弾 上流層・中流層の違い 《李相軒先生*霊界からのメッセージ》



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李相軒先生の「霊界の実相と地上生活」
今回は、『上流層の動物世界/中流層の動物世界』です。

上流層の動物世界

霊界の上流層においては、動物と人間が
お互いに何のはばかりもなく自然に生活していて、
まるで一つ屋根の下の家族のように
一緒になって過ごしています。

ここでは、多様な動物たちが人間と共に生活しているのです。

人間の生活する環境が変わるたびに、
様々な次元の動物たちがやって来ては喜ばせてくれます。
人間と動物は不可分の関係になっていて、
人間は動物の真の主人の姿で登場します。

簡単に言えば、人間が動物を従わせるのではなく、
動物のほうから人間を主人として仕えてくるのです。

例えば、犬や鳥やかもなどは、人がいる所にやって来て、
「私の主人は今何をしているのだろう。
私は何をすればいいのだろう」
と考えながら主人のそばで待っていたり、
主人の行動半径に合わせて一緒に動いたりします。

主人が客と話をするときも、
客や主人の頭や手に乗ることはあっても、
決して行儀の悪い行動はせず、
自然な雰囲気を醸し出してくれます。

鳥の歌声、かもの歌声、犬のしっぽ振りなど、
彼らはあらゆるかわいいしぐさで人の頭や肩に
自然に乗ったり、人にもたれて横になったり、
自分の主人の傍らで眠ったりするのです。

その中でも特に鳥たちは、胸に抱かれながら
気持ち良さそうにじっとしています。

このような様子を眺めていると、
私たち人間がこの宇宙世界の主管主の立場で
つくられたということを、
神様にどんなに感謝をしてもし足りません。

中流層の動物世界

霊界の上流層においては、いろいろな次元の
多様な動物たちが、様々な面から人間に対して、
かわいらしいしぐさを誇るように
発揮しながら生活していました。

しかし、霊界の中流層においては
動物の数が上流層ほど多様ではありません。

ここでの人間世界と動物世界の関係は、
地上のそれと似ています。

そしてここでの動物たちは、自らの巣に
一定の範囲が決められていて、
人間に接近する程度や頻度が
上流層のそれとは明らかに異なっています。

ほとんどの動物たちの様子は、上流層のように
自由でも、安らかでも、幸福でもありません。

人間と一緒に過ごすことがあっても、
じゃれたり、すべてをゆだねたりすることもないのです。

このような動物の姿は至る所で見かけられますが、
ここでの動物たちは文字どおり単なる動物にすぎません。

ここでは、人間と動物の違いが画然と現れ、
万物の主管主としての人間の姿は
上流層よりはるかに貧弱です。

ここでの動物は自らの巣で別々に生活していて、
人間は人間の位置で生活しています。

文字どおり動物は動物世界に、
人間は人間世界にいると考えればよいでしょう。

(1999年11月30日)

(光言社刊『霊界の実相と地上生活』より)
第二部 天上天下の救世主・真の父母
第二章 被造世界(宇宙論)
一 動物の世界

霊界の実相と地上生活(41)
上流層の動物世界/中流層の動物世界
(Blessed Lifeより)
再編集 文責:ten1ko2


上流層の動物世界の部分を読んで、
あるキリスト教における天国観が浮かんできました。
天国では、ライオンや猛獣と戯れているのです。

そう考えると霊界で動物と戯れることができる、
とても自然な気がします。

そして何よりも、
自然万物を愛する心情を今のうち、
持たないといけないな、とも感じるのです。


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posted by ten1ko2 at 07:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 霊界 霊人と共に歩む生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月23日

愛さないといけないと分かっていはいるけれど... 《礼拝説教*愛》



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菊谷高司(山梨エリヤ)大教会長の
礼拝説教、「愛」を
何度かに分けて紹介します。

〇生涯をかけるほど重要な「愛」

(略)

本日の説教題目である「愛」。
何度聞いたかわかりません。

み言を通して、「愛さなければならない」
ということは分かっています。
しかし、それができないから、つらいのです。
‴もう、向き合いたくない”
と感じてしまうこともありますよね。

そのような環境下で、
私たちはどのように
「愛」と向き合っていくべきなのでしょうか。

本日のみ言を拝読します。

「私は、生涯、神様の真の愛を実践するために生きる
人生の道理を教えてきました。
これは、個人だけでなく、
家庭と社会、国家、このよ うにすべての次元で
適用されなければならない基本原理です」

(天一国経典『天聖経』1434ページ)


神様の真の愛を実践することは、
生涯をかけるほどに重要であ るということが分かります。
また、 “愛というものは、それほどまでに重要なのか、
そのように感じる一 節でもあります。

〇生と死のはざまであふれ出た言葉

23年前の2001年9月11日に発生した
「アメリカ同時多発テロ事件」は、
世界を震撼させ、かつてない
混乱と恐怖を巻き起こしました。

ハイジャックされた4機に生存者はいませんでしたが、
ユナイテッド航空93便は、4機の中で唯(ただ)唯一、
地上における犠牲者を出さなかった航空機です。

この機内での出来事について、
複数の報道を見聞きしたことがありますが、
その中で印象に残っている内容を紹介します。

ユナイテッド航空93便には、
結婚十年でようやく命を身ごもった未来のお母さん、
出張を終えて妻と幼い娘たちが待つ
自宅へ向かうお父さんなど、
33人の乗客(ハイジャック犯を除く)と、
7人の乗務員が搭乗していました。

すると、突如、4人のテロリストにより
ハイジャックされたのです。

一部の乗客が、テロリストにばれないように
家族と連絡を取ると、
すでに三機がハイジャックに遭って自爆テロが行われ、
世界貿易センタービルやアメリカ国防総省本庁舎に
激突したという情報を得ます。

このままでは、自分たちは
全員死んでしまうという現実を知るのです。


そのような状況を前にした乗客たちが、
どれほどの絶望感にさいなまれたか、
想像できないほどです。

生きるか死ぬかという緊張感の中、
乗客や乗務員たちは家族に電話をします。

そして、涙を流しながら心を込めて、
ある共通の言葉を伝えていたことが、
後に、多くの証言を通して知られることとなりました。

その言葉は、「I love you (愛している)」という
ラストメッセージ でした。

これは、あくまで私の推測ですが
誰もが家族や友人、周りの人との関係が
良かったとは限りません。
中には、人間関係においてうまくいかず、
苦しんでいた方もいたかもしれません。

しかし、ここで重要なのは、生と死のはざまで、
誰から指示されたわけでもなく、
最後にどうしても伝えたかったこと、
相手の心に残したいとあふれ出てきた言葉、
それが、ほかのどの言葉でもなく、

「I love you」
というラストメッセージだったということです。

実は、そのような究極の局面に追い込まれなくても、
日常の中で、私たちの本心はこう言っています。

「仲直りしたい」
「一つになりたい」
「ごめんなさいと言いたい」
「ありがとうと言いたい」
「許してあげたい」と。

「み言を聞いたから、愛さなければならない」
という義務感ではありません。
私たちの本心は、知っているのです。

再編集 文責:ten1ko2


先日、総務部長の研修会がありました。
本部担当局長がこんな証しをしていました。

『皆さん、奥さんを愛していますか?
私は妻に毎朝、キスをして仕事に出かけます。

ある夜、夫婦喧嘩をして、翌朝を迎えました。
会話もない中、朝のルーティンをしなければなりません。
妻もそのことを知っているわけですね。

いやいやながら、妻にキスをしました。
すると不思議なことが起こるんですよ。
自分が悪かった、と悔い改めるんです。
神様の前に本心で反省するんです』

その証しにとても感動しました。
私の本心は、「愛したい」「一つになりたい」
わかっているんだな、と思いました。

恥ずかしながら、
私達夫婦も似たような経験をしています。。。

次回に続きます。

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2024年05月22日

神様もあなたなしでは生きられないと言う人格者になりなさい 生涯の友が弟子になった瞬間 《金元弼先生》



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厳徳紋先生☆


金元弼先生の受難と源流。
今日は、*厳徳紋(オム ドンムン)先生の入教と釜山での開拓伝道です。

釜山に到着したのが、1951年1月27日、
厳徳紋先生と再会したのが、1月28日のことでした。
今からちょうど65年前の証しです。

(先回のポムネッコルは、この年の8月に
建てたといいますので、それを遡った南下直後のお話です。
興南での12名の弟子についても、少し話されています。)


ニヵ月ほど過ぎたころ、朴さん
(朴正華氏、興南の弟子の一人)の足がほとんど治ってきたので別れて、
先生と私だけが釜山に向かうことになりました。
途中、蔚山で初めて汽車に乗ることができました。

釜山に着いた最初の夜、先生は昔、ソウルで
日曜学校の先生をしておられた時の弟子の家で休まれました。
私は他人の家なので、共に世話になることができず、
ある食堂に就職して、そこに寝泊まりするようになりました。


先生は、日本で一緒に勉強していた厳徳紋さんに会われました。
そして厳さんの家に落ち着かれることになりました。

厳さんは、先生と学校時代(早稲田大学附属早稲田高等工学校)の同窓生であり、
互いに友達のような間柄で、先生は厳さんに
これからの理想世界に対するいろいろな話をされました。

すると彼の夢にイエス様の妹が現れ、
「私はイエス様のことで私の母に恨みがあります。
その恨みを解くには、大きな門があって、その中に小さな門があり、
またその中にさらに小さな門がありますが、
それを開けなければなりません。
その鍵を持っている人は文先生だけです」と言うのです。

その人は仏教の人ですから、キリスト教のことも
聖書の内容も全然知らないのです。
それで朝になって目を覚して、先生にお話しされるのですが、
その時はひざまずいて話しました。

昨日の夕方までは、「君」「おまえ」と言ったのが、
その朝はひざまずいて、「先生」と言うのです。
そして先生に鍵のことを「それは何のことですか」と聞くのです。
そこで先生は、ずっと歴史をお話ししてくださったというのです。

そして、厳さんはそれからずっと熱心に
先生と共に歩んでいらっしゃいます。


また、先生は金さんという弟子の家に
二週間ぐらいとどまられたこともありました。

金さんは北韓の興南の獄中での最初の弟子でしたが、
その後結婚して小さな家に住んでいました。

先生が厳さんと働いておられた時、部屋がありませんでした。
それで結婚して何日もたたない金さんの、
四畳の小さな部屋に行って一緒に暮らしたのです。

そこで先生は原理を書かれました。
『原理原本』です。
先生は厳さんと一緒に本の表紙を作る仕事をしながら、
原理を書き始められたのです。


ある時、先生は、
「ここではどうしても原理を書くことができないから、
お前が下宿している所に私は行かなければならない」
とおっしゃいました。

それで先生は私が下宿していた所に
一緒に住まわれるようになりました。

その下宿というのは、三畳の部屋なのです。
だからもう先生の頭と足が壁にぶつかるのです。
そういう狭い所にいらっしゃりながら、先生は原理を書かれ、
また開拓伝道をされたのです。

先生は時々、私が働いている食堂に
厳さんや金さんをお連れになって、紹介してくださり、
また私のことも二人にお話ししてくださいました。
そうすると、食口がとても多くなったような気がして、
私は本当に力がわいてきたものです。


そのころの先生は、あまり満足に
食事をしておられないようでしたので、
食堂の主人に、私の尊敬する方なので
昼食を接待したいと頼むと、承諾してくれました。

そこで部屋にお連れしてお膳を整えると、
すぐに御飯を召し上がりました。
それでもう一杯差し上げると、それもすぐになくなってしまうのでした。

そのころ、先生は召し上がるものがなくて、
波止場に出掛けて夜は仕事をし、
昼には暖かい日の当たる所で休む、という生活をされていました。


小さな下宿に、食口たちが集まってきました。
ある婦人は、ソウルにいる時に信仰で交わった人で、
韓国の一流新聞の編集局長をやった人の奥さんでした。

その奥さんは四十年の信仰生活をして、
聖霊を受けて霊通するようになった方なのです。

その人の家を先生が訪ねて、先生の家を
訪ねてくるようにと約束したのです。
それで訪ねてきました。

その人は霊通する人ですから、
いろいろな話をするのも簡単です。

その人の信仰を先生はよく知っていらっしゃいますから、
結論的に何を言うかというと、
「世界の全部の人間と文鮮明と、誰が高いか祈ってみなさい」
と言われるのです。

先生のことを普通の青年ではないことは知っていましたけれども、
世界の人類と比べよということにはカッカしました。

そしてまた、イエス様を生命の中心としているその婦人に、
「祈ってみなさい」と言うのです。
それでその婦人はとても信じられなくなって、家に帰ってしまったのです。

帰ってからも先生に会いたいという気持ちはもうありません。
しかし先生のお話を否定しようとすると心が暗くなり、
納得しようとすると心が本当に平和になるというのです。

そこで、“これではいけない。
私は生命を懸けても祈って解決しなければならない”という決心をしたのです。
そして再び先生を訪ねて、私たちがいた家の前に小さな山があったのですが、
その山に登ってお祈りをしました。

「神様、この問題に対して教えてもらわねばなりません」と心から祈っていると、
「先生のお話のとおりだ。文先生が高い」というふうに教えてくれたそうです。
けれどもその人には実感がないのです。

そこでまたお祈りしていると、イエス様よりも、
無形の神が現れていつも教えてくださったそうです。

御主人から石をぶつけられて迫害されている時も、
いつもいつも無形の神が現れて、その人にいろいろと教えてくれたということです。

それは、先生が座っていらっしゃると、
無形の神がだんだんと先生の体の中に入って、
ついに見えなくなってしまったというのです。
これは何かというと、無形の神が先生の実体の中におられ、
先生と一体であるということの証を示しているのです。


そういうことがあって後、その下宿で先生が礼拝をされました。
しかし、部屋があまりに狭くて、どうにもこうにもできない貧しい生活でした。

先生はそのような貧しい生活の中でも、いつも歌を失われませんでした。
お友達の厳さんは歌が上手で、先生は何回も歌わせられました。

下宿から少し上がったところに、公共の墓地があって、
そこに平地が少しあったのですが、いつもそこに登って、
歌いながら瞑想にふけったりしておられました。


先生の開拓伝道を通して、一人を立てるために御自分のすべてを尽くして、
愛と真理で語られたということを知っていただきたくてお話ししました。

先生のそういうことを心に置いて、
先生が開拓していかれたその道をついていくのです。

本当の開拓というのは、先生が既になさったものですが、
開拓された時の心情をもって私もこの道を行ったら、それも開拓ということです。
開拓の伝道を通じて、父母の心情を所有するならば、
私の心は父母の心情と同じということです。

監獄で弟子になった人たちは、全部北に残っており、
南にいる人は、南に帰ってきて私がお会いした人が三人と、
まだ会っていない人が一人です。
計四人くらいです。
他の人たちは、今はもうどうなったか分かりません。

再編集 文責:ten1ko2


お父様の自叙伝には、釜山についた直後、物乞いをしたこと、
また、厳徳紋先生との出会いについても、書かれています。
お父様はそれまでの路程を話されるのに
3日3晩かかったということです。

そうして、厳徳紋先生は弟子となったわけですが、
霊的な体験があったのですね。
その後、霊的な婦人の証しなどを通しても、
このころは多くの霊的体験があったことがわかります。

お父様が『一人を立てるために御自分のすべてを尽くして、
愛と真理で語られた』ので、役事が起こったのだと思います。

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*厳徳紋(オム ドンムン)先生
 2012年天暦5月12日(陽暦7月1日)聖和。享年93。
 真のお父様の日本留学時からの友人であり、後にお父様を人生の師として仰いだ。
 世宗(セジョン)文化会館やロッテホテルなどを設計した韓国有数の建築家。
 真の父母様は嚴徳紋先生の聖和の報告を聞かれると、「天心(チョンシム)親舊(チング)」の揮毫
 と花を贈られ、霊界入城の道を祝福された。

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