2024年04月10日

参加者6万人、精誠より恐ろしいものはない?! 「天の門が開いています」 *第1000回天心苑徹夜祈祷会を振り返って



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記憶に新しい第1000回の天心苑徹夜精誠の
報告が中和新聞にありましたので、
ご紹介します。

第1000回天心苑徹夜精誠特別
祈祷会に世界から6万人が参加

天一国12年天暦2月13〜14日(2024年陽暦3月22〜23日)
韓国・HJ天宙天寶修錬苑


天の父母様の臨在を感じ、真の
父母様の役事を体験する時間に

「ビジョン2020」の勝利の基台の上で、2020年6月1日から始まった天心苑徹夜精誠特別祈祷会が、3月22日に第1000回を迎えました。会場となった韓国・HJ天宙天寶修錬苑の天城旺臨宮殿に韓国全土から約6600人が集ったほか、祈祷会のようすは5か国語(韓国語、日本語、英語、スペイン語、フランス語)の同時通訳で世界に配信され、約6万人が心を一つに特別精誠を捧げました。

午後8時50分から孝情讃美、そして10分間の天寶讃美役事が行われた後、記念すべき第1000回天心苑徹夜精誠特別祈祷会の開会が宣言されました。

第1部 指導者メッセージおよび孝情文化公演
「精誠ほど恐ろしいものはない」と文姸娥様


初めに、これまでこの祈祷会を直接、主管してくださった天の父母様(神様)と真の父母様に感謝と頌栄を込めて、宋龍天・世界平和統一家庭連合世界会長、宋光奭・神韓国家庭連合会長、田中富広・神日本家庭連合会長、梁昌植UPF世界議長、金鐘琯・孝情グローバル統一財団理事長の5人が、壇上の真の父母様の宝座に花かごをお捧げしました。

続いて、文姸娥・総裁秘書室第1室秘書室長、李基誠・天心苑苑長、鄭元周・総裁秘書室第2室秘書室長の3人も登壇。1000回にわたる祈祷会を導いてきた李基誠苑長を中心に、8人で祝賀のケーキカットを行いました。

次に、趙萬雄、クォン・ヤンヂャ夫妻と、パク・ネチョン、ハン・ヒョンスク夫妻に功労賞が授与されました。両夫妻は、真のお母様の願いに応えて、2019年9月1日から精誠を捧げ始め、この天心苑徹夜精誠につながる基台を築いた功労者です。両夫妻の精誠は現在まで続き、トータルで1665回を数えます。


続いて、指導者代表が順に登壇して、次のようにメッセージを語りました。

文姸娥室長
「精誠ほど恐ろしいものはなく、精誠を尽くしたことは
 どこにも流れず、必ずその実を結ぶようになる
 と語られた真の父母様の教えを思い出します。

 この国の統一と、世界が一つになることを願われる
 真のお父様が、思う存分地上に協助し、
 動いてくださることができるように、
 精誠を尽くし続けましょう」

鄭元周室長
「天心苑は、天一国の民の霊性教育において
 重要な使命があります。
 お母様の腹中で新しく生まれる恩恵があることを
 肝に銘じて進んでいきましょう」


宋龍天・世界会長
「今、世界は天心苑の徹夜精誠で、
 日々新しくなっています。
 熱くなっています。

 全世界の人々が天心苑を通じて、
 天の父母様に出会って悔い改め、
 真の父母様を通じて重生復活する、
 驚くべき奇跡の役事が世界各地で
 繰り広げられることを願います」


宋光奭・韓国会長
「天心苑の恩恵で、驚くべき祝福が
 神韓国の教会と共にあります。

 教会から距離を置いていた食口や二世・三世たちが
 再び教会に足を運び始めました。

 私たちはより一層、天心苑と一つになって、
 信仰の中心国としての責任を果たします」


金起勳・神米国天心苑苑長(米国から中継)
「1000回の精誠は天一国の大慶事です。
 神米国でも、独り娘・お母様による
 実体聖霊役事が起こり、復興しています」


続いて、神米国、神アジア太平洋、神中南米、神ヨーロッパ、神東西アフリカの指導者たちによる祝賀のビデオメッセージが上映されました。

孝情文化公演では、文興進様家庭の文信越様が、ご自身が作詞した「青い草原」を披露。人生という野原を歩いていく人類の前に天の明るい光となられ、子女たちの手を取って導いてくださる真の父母様の愛を、美しく歌い上げられました。

第2部 合心共鳴祈祷
6万人の祈祷が霊肉界に響き渡る


孝情讃美に続いて、李基誠苑長が「天心苑摂理の恩恵」をテーマに、メッセージを語りました。

「私たちは、この天心苑徹夜精誠を通して、
生きていらっしゃる天の父母様を実感し、
霊界があるということを経験するようになりました。

全ての霊的なことを整理できる
真の父母様でいらっしゃることを確信し、
ここで全ての問題を解くことができると
確信するようになりました。

ここでお父様、孝進様、興進様、大母様と
対話することができ、霊性を開発する
修錬となっていることを目撃するようになったのです。

2024年は本当に重要な一年です。
ビジョン2025勝利のための最後の一年であり、
必ず勝利する一年です。

邪悪な気運を吹き飛ばす方法は、
正にこの天心苑徹夜精誠なのです。

お母様を中心として、全世界の食口たちが
完全に一つとなって祈祷するこの天心苑徹夜精誠こそ、
天の父母様が臨在され、真の父母様が役事される基台です。

きょうは一つの心で、大きな声で祈祷することを願います。
今まで経験したことのない世界に入る
天の門が開かれています。

2000年前のマルコの家の屋上の間で起こった
ペンテコステよりも驚くべき役事を起こしましょう」


合心讃美を挟みながら3回行われた合心共鳴祈祷では、6万人の食口たちの、心を一つにした祈祷が霊肉界全体に響き渡りました。
(合心共鳴祈祷を捧げる参加者たち。前列中央は李基誠苑長〈上の写真〉)

李基誠苑長の懇切なる祝祷を受けた参加者は、最後に方相逸HJ天宙天寶修錬苑事務総長の先導で億万歳を三唱。23日午前1時40分に、祈祷会は恩恵の中で幕を閉じました。

天一国12年天暦2月13〜14日(2024年陽暦3月22〜23日)
韓国・HJ天宙天寶修錬苑
第1000回天心苑徹夜精誠特別
祈祷会に世界から6万人が参加

光言社・中和新聞より
再編集 文責:ten1ko2


お父様のみ言に、
「天に対する精誠は、
 サタンといえども、
 これを根こそぎ奪い去ることはできない。
 ゆえに精誠ほど恐ろしいものはない。
 それをサタンも知っている」
とあります。

天心苑で捧げられているのは、
徹夜精誠であり、厳密には
徹夜祈禱会ではありません。

食口の中には、「あまりにも、祈祷時間が短い」
と思われる方もいらっしゃると聞きます。
しかし、徹夜「精誠」なのです。

み言もあり、証しや報告もあり、歌の賛美もあり…
しかし、そのすべてが祈りでもあり、
精誠の時間となります。

大変ですが、とても恩恵のある
貴重な、復興する場であると感じています。

連日行われている「天心苑徹夜精誠」
ここに意識と心情の焦点を合わせながら、
精誠の「頂(いただき)」を目指していきたいと思うのです。




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2024年04月09日

「試練や迫害で滅びた宗教はありません」 私たちが最も恐れることは… 《田中富広会長》



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田中会長のメッセージ
「試練は信仰を強くし迫害は大きな贈り物をもたらす」です。
何度かに分けて紹介します。


一月二十六日、千葉・浦安の一心特別教育院で、UPA一期生の神日本特別路程(2023年12月26日〜2024年1月26日、38ページに記事)の閉講式が行われました。田中富広会長はその場で、今年、海外宣教に出発するUPA一期生たちに、感謝と激励のメッセージを語りました。(文責・編集部)

試練は信仰を強くし
迫害は大きな贈り物をもたらす

皆さん、この一か月間、お疲れさまでした。
そして、ありがとうございました。

世界の食口たちから、私に
励ましのメールがたくさん送られてきます。

その内容の多くは、「日本が大変な状況の中で、
本当に全食口が頑張ってくださるようにお祈りしています」とか、
「試練に負けないで頑張ってください」などです。
ありがたく、感謝しています。

しかし、試練や迫害で滅びた宗教はありません。
いや、むしろ、試練は信仰を強くしてくれ、
迫害は、その向こうに、より大きな贈り物を
神様が準備していることを私たちは知っています。


真のお父様のみ言に、もし家庭を復帰したかったら、
その家庭の価値にふさわしい試練を
超えなければならないとあります。

もし民族を復帰したかったら、その民族の価値に
ふさわしい迫害を超えなければならないとあります。

もし国家を取り戻したかったら、その国家の価値に
ふさわしい迫害を超えなければならないとあります。

今、日本の食口たちは、国家的試練の中で、
いや応なしに国家レベルの意識を持たざるをえなくなっています。
ですから、その向こうには、国家的な大きな恩恵が待っているのです。


試練によって日本の食口たちの信仰が崩れていく
などということは、絶対にありません。

この中には日本のメンバーたちがたくさんいますが、
厳しい環境の中にいる日本の食口たちに背を向けて、
これから世界に出ていく≠ニいう思いなど、
みじんも持つ必要はありません。

日本の食口たちはむしろ強くなり、むしろ
天の願いを果たすにふさわしい、天の精鋭部隊に変わっていきます。

文科省から解散命令請求が提出され、
裁判が行われていますが、教団が解散するとか、
解散しないとか、それは法人のことです。
教団が解散することはないのです。

私たちは、法人であろうがなかろうが、
神のみ旨を進めていくことに変わりはありません。
ですから、日本の食口たちの信仰は変わることなく、
たくましく、強くなっていきます。

安心して世界に行ってください。
そして二年後に帰ってきたら、ぜひ、
生まれ変わった日本を見ていただきたいです。


私たちが恐れるのは、自然災害でも迫害でもありません。
いちばん恐れるのは、神様から、
「おまえは、もう休みなさい。
もうみ旨をやらなくてもいい」と言われることです。

天から、「これをやれ」と言われることは、
最大の祝福なのです。

皆様は、これから海外宣教に行かれます。
これは、ものすごい祝福です。
天命を受けて旅立っていくことができるのです。

そういう意味で、皆様は世界レベルで、
世界的意識で天のみ旨に関わることのできる、
大きな恩恵と祝福の中にあるのです。

世界家庭より
再編集 文責:ten1ko2


マタイによる福音書第5章11−12節に
以下のように記されてあります。

「わたしのために人々があなたがたをののしり、また迫害し、
あなたがたに対し偽って様々の悪口を言う時には、
あなたがたは、さいわいである。
喜び、よろこべ、天においてあなたがたの受ける報いは大きい。
あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである」


迫害を喜べ、と言うのですが、
やはり受ける迫害、試練に対して、
与える人に、どうのこうの、
言いたくなるのではないでしょうか。

先日、あるシンポジウムで、後藤徹さんは、
「信仰は生命よりも貴い」と言っていました。
ですから、歴史においても殉教の道がありました。

迫害や、試練を受けたとして、
受ける者がどのようにとらえるのか、
それが問題なんですね。

日本の家庭連合が危機にあるといって、
私たちの信仰を誰も奪うことはできません。

やはり、神様から
「もうみ旨をやらなくてもいい」
そのように言われたくはないですよね。。。
確かに、それが一番こわい言葉です。

み旨の道を歩めること自体が貴いことである、
そして、私たちは、そうして歩んでいることで
もっと逞しく、強く、貴いものを身につけているのだ
そんなふうに思うのです。

続きます。




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2024年04月08日

(証し)神童が再臨主に出会った経緯とその後 《真理の代弁者・劉孝元先生》



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劉孝元(ユ・ヒョウウォン)先生が、
教会に導かれた時の証しを紹介します。


1970 年聖和された劉孝元(ユ・ヒョウウォン)先生の証しです。

劉孝元氏は 1914 年、文師と同じ平安北道の定州郡に生まれ、
幼い時から村や学校で神童といわれた。

定州の五山高等普通学校に通いながら、
内村鑑三の無教会派の集会に参加した。

その後、劉孝元氏は京城帝国大学
(現、ソウル大学校)医学部に入学する。
そのとき、受験科目の数学は満点だったという。

合格の知らせを聞いた故郷では大騒ぎとなり、
多くの家から求婚が殺到した。

だが劉孝元氏は在学中、股関節カリエスにかかり
大学を中退し、治療のため故郷(定州)に帰った。
病魔との闘いはこの時から始まる。

劉孝元氏は、病気ゆえに何度も自殺を試みた。
母親はいつもそんな息子のそばで祈った。

家族の祈りは、祖国の独立と劉孝元氏の
体の快復のためにささげられたのである。

劉孝元氏の祖父も、熱心なキリスト教徒だった。
祖父が近くに教会を建てるまでの六年間は、
毎週日曜日、約 20 キロメートルも離れた教会に徒歩で通い続けた。

このような祖父や父母の篤い信仰の家庭で育った。
劉孝元氏は、幼い時からキリスト教の思想に感銘を受けていた。

闘病生活中、聖書を原語で学び研究し始めたが、
聖書を読めば読むほど解釈において多くの疑問と矛盾にぶち当たった。

例えば、聖書には次のような聖句がある。
「もし、だれかがあなたの右の頬を打つなら、
ほかの頬をも向けてやりなさい。
あなたを訴えて、下着を取ろうとする者には、
上着をも与えなさい」(マタイによる福音書第五章 39、40 節)

“この聖句をそのとおりに実践すれば死んでしまう。
生きているとすれば偽善者だ”
このような嘆きと苦しみの中で、闘病生活を続けた。

そのようにせっぱ詰まったとき、
劉孝元氏は文師と出会ったのである。


ふたりの出会いは、次のような経緯で訪れた。
梨花女子大学校の梁允永女史と
劉孝元氏は親戚であったことと、
その妹が、劉孝元氏が釜山で文師と出会う
きっかけをつくったのである。

「親族に聖書を熱心に研究している人(劉孝元氏)がいるので、
一度訪ねてほしい」と、彼女(梁允信女史)は教会の人に依頼した。
彼女は統一教会の人を案内して、劉孝元氏の家を訪問した。

劉孝元氏は、教会の人の話を聞いて興味を覚え、
その後、釜山の教会を訪ねた。

そのとき、文師は上京していたため不在であったが、
信徒の李鳳雲氏が彼を迎えた。

それは、統一教会が創立される半年前(1953 年 11 月)のことである。

劉孝元氏は李鳳雲氏に、
「文鮮明先生が語られた内容の本があれば、
見せていただきたい」と語った。

李鳳雲氏は、文師が直接、紙に鉛筆で書かれた
『原理原本』(教理の骨子に当たるもので、
五冊のノートにまとめられていた)を劉孝元氏に貸し与えた。

『原理原本』は、一年の期間をかけて文師が
1952 年 5 月 10 日に書き上げたものである。


劉孝元氏は『原理原本』を読みながら、
感動で胸が震え、感嘆の声を連発した。
喜びと希望が満ち溢れてきたのである。

劉孝元氏は、何度も何度も読み続けた。

聖書を原語で読んでも理解できなかったことが、
見事に『原理原本』の中で解かれていたのである。

劉孝元氏は自分が今後やるべきことを悟り、
喜びと責任と使命感に燃えたのだった。

劉孝元氏は文師と会う前に、『原理原本』を読んで
自分の生涯の行くべき道を決めた人物である。

『原理原本』の内容が、いかに劉孝元氏を
感動させたかは量り知れない。

劉孝元氏が、後に文師と初めて出会ったとき、
ふたり 21 時間余り、互いにその場を離れなかった
ということからも、そのことをうかがい知ることができる。

生死をかけて真理を求めてきた劉孝元氏と、
そのような人物を探し求めてきた
文師が巡り会ったのである。


1953 年 12 月 24 日から 21 日間(12 月 24 日から
翌年 1 月 18 日までという記録もある)、
文師は劉孝元氏をはじめとする数人に直接、講義をした。
このとき、文師は寝る時間も惜しんで語り続けた。

講義は、一人でもいれば続けられた。そのため、
文師の講義を聞いていた人たちは、
トイレに行くときは合図を出して、
一斉にトイレに行ったほどである。

この講義が終わった後、劉孝元氏が
新しく教会に来る人に講義をするようになった。

再編集 文責:ten1ko2


劉孝元先生は、その後、原理原本を基に、
私たち信徒が愛読している
原理講論を執筆されます。

原理原本は、理論的、というよりは、
感情のこもった書物でした。

しかし、原理講論発刊により、
とても理論的に体系化されました。

決して、人間一人で成し遂げられるような
そのようなものではありません。

劉孝元先生は「原理」をノートに一冊書くごとに
涙を数百回流したといいます。

最近、原理講論を読むということはありませんでしたが、
ある先輩から、この証しを紹介され、
改めて、原点に帰らなければならない、
そう思って、記事にさせていただきました。

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