2024年05月08日

メシヤ26歳、18歳の金元弼先生との運命的な出会い! 《統一教会創立以前のお話》  



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金元弼先生のみ言、一度し終えたので、
もう一度紹介しようと思います。

李ヨハネ先生の『信仰と生活』第1集とともに、
元弼先生の第2集伝統の生活化を
記憶している方も多いと思いますが、
「伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道」
として、再発行されています。

今日は、「平壌開拓の日々」より、
『先生との出会い』です。


文鮮明先生がソウルから北韓の平壌へ来られたのは、
1946年6月6日でした。

私が先生に出会ったのは、その年の7月17日でした。
46年といいますと皆様も御存じのとおり、
第2次大戦が終わった明くる年になるわけです。

その当時、先生は26歳の若さでありましたけれども、
私は、若いというような感じは全く受けませんでした。

私は18歳で、ちょうど高等学校(平壌師範学校)を
卒業して間もない時でした。
おば(金仁珠女史)はその年の6月11日に
先生と出会ったのでした。

先生は、天宙復帰という
歴史的に特別な摂理のためにやって来られました。

その時、先生はお生まれになったばかりのお子様を後にして、
み旨を慕って来られたということを知っていた者は
一人もおりませんでした。

先生は食物を得るために田舎に行かれたのですが、
その途中で「北韓に行ってみ言を伝えなさい」
という神様の指示を受けて、それに従ってその場からすぐ、
困難に耐えながら38度線を越えて来られたのです。


私が先生に平壌で出会うようになったきっかけは、
学校を出て自分の将来のことを相談するためにおばに会った時に、
文先生のことを話してくれたことからでした。

おばは私の将来のことよりも、
先生のことについて話してくれたのです。
というのは、先生に出会うことによって、
私の将来が運命づけられることを、
分かっていたからだと思います。

先生は、私がお会いする約40日前に、韓国の首都である
ソウルから平壌に上がってこられたばかりでした。

私のおばは、私よりも先に先生にお会いしていて
大きな恵みの中にあり、
その時は先生に関するお話がすべてでした。

おばは、平素から大変熱心な
キリスト教信者の家庭で育てられた人でした。
教会へ行ってはいましたが、
なかなか解決できないいろいろな問題を抱えていました。

そんな時に、先生を通してその問題についての
非常に根底的、根本的な解決を得ました。

それと同時に霊界からの様々な啓示によって、
先生に対する信仰を傷つけることなく信じてきたのです。

おばは、「南から上がってきた青年の先生がいますが、
この先生は神霊と真理によって礼拝し牧会している」
と、しきりに私に話してくれました。


その日は平日でした。

当時、「真理と神霊で礼拝する南韓から来られた若い先生がいる」
といううわさはたちまちのうちに広まりました。
真理を求めて霊能者あるいは求道者が
しきりに先生を訪ねてくるという時でした。

私は何も分からない幼い時でしたので、
先生に何も聞けませんでした。
質問することは全然ありませんし、
言われることを聞くだけでした。

それは何も分かっていなかったので、
質問することができなかったということです。


私を見て先生が最初にお話をしてくださったひと言が
今でも忘れられません。

先生は、「お前は非常によく瞑想するだろう。
 しかし瞑想するに当たって、
 その中心を求めて瞑想するようにしなさい」

とひと言、話してくださいました。

私は事実、たくさんのことを瞑想あるいは考えたりしました。
瞑想する時にその中心性を求めていくということに気が付かなかったし、
先生が教えてくださったことは、本当にそのとおりでした。

全然気が付かないでいる私を、
最初に行ったその時に先生は御存じでいたのです。
どうして先生はそのように私のことを分かって
話してくださったのだろうかと思います。

先生との出会い

信仰生活シリーズ 6
伝統の源流 主と歩んだ教会創立以前の道 
金元弼(1998年7月1日発行)
*『信仰と生活第二集伝統の生活化』を改題
I 平壌開拓から興南解放
第一章 平壌開拓の日々


元弼先生が『おば』と言われている、
金仁珠先生は、導かれた時、
お父さん、そしてご主人から、大反対されました。

その迫害は本当に凄まじいものでした。
機会があれば紹介したいと思いますが。。。

元弼先生を導いた時のことを
1978年に語られています。


私は金元弼氏を伝道しました。(1946.7)
彼は私のいとこです。
彼は師範大学を卒業した後、教師をしていましたがみ言を聞いて入教し、
やはり多くの受難の道を歩みました。
初創期の時に教会に来た人は、誰もがこのような受難の道を歩んだのです。
その時、数多くの人々が教会に来ていたのですが、
周囲の迫害に勝つことができずに、皆倒れてしまいました。


霊的にあまりにも鋭いお父様は、
元弼先生が瞑想されていることに
「中心性を求めていく」ことを指摘され、
元弼先生の心を惹きつけられました。

18歳の金元弼先生。
その時のお父様は、26歳でした。

まだ、教会の名前も何もない時に、
歴史的な出会いをされ、
ここから、家庭連合(旧:統一教会)の道が開かれていったのです。

お若いころのお二人のやり取りを
改めて伺い知る中で、
今の私たちにも多く学ぶことがあると思います。

これから少しずつ、
過去の歴史をたどっていきたいと思います。


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金元弼先生

文鮮明師の第一弟子であり、3家庭の長として、
36家庭の祝福を受けられる。
韓国・統一教会初代理事長(1963年)、
日本・全国祝福家庭総連合会総会長(1991年〜94年)、
ノルウェー国家的メシヤ(1996年〜)などを歴任。
統一教会創立以前の平壌時代から
文師のそばで教会の発展に尽力され、
2010年4月7日(陽暦)に聖和されました(享年81)。
「祝福家庭長兄 天情奉身者」


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あくまでも個人の意志に基づいて、書いているものであり、
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過去においても、今後においても
全ての責任は私自身に帰属するものであります。

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2024年05月07日

83年前、山口から始まった奇跡の時間 文鮮明はなぜ日本に?! 《田中富広会長》



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一か月前のものですが、日臨節の
田中会長のメッセージがよかったので
ご紹介します。

会長メッセージ
世界平和統一家庭連合 会長
田中富広

「日臨節83周年記念大会」でのメッセージ(要旨)
怨讐を乗り越えるたった一つの方案

4月6日、山口県下関市の会場で「日臨節83周年記念大会」が開催され、山口エリアの牧会者をはじめ、教会員たちが集いました。メッセージに立った田中富広会長は、怨讐を愛し、ために生きる生涯を貫かれた真の父母様を証しし、「文鮮明総裁ご夫妻の平和思想を、実体をもって発信していってください」と参加者に呼びかけました。その要旨を紹介します。(詳細は『世界家庭』5月号に掲載)

また田中会長は大会に先だち、崑崙丸(1943年10月、米潜水艦によって撃沈された関釜連絡船)の慰霊碑を訪れ、祈祷の時間を持ちました。

田中会長はメッセージ後の祝祷でそのことに触れ、神様が永遠に記憶される歴史の1ページとして、犠牲者への追慕の思いを持ち続けていくことを誓いました。(下に祝祷抜粋)


本日は、一人の人物の日本上陸を記念して、
皆さんと共にこの場に集いました。
その方は、文鮮明総裁です。

文総裁は1941年4月1日に日本に上陸し、
早稲田大学附属早稲田高等工学校電気工学科で
学ばれましたが、この入国は、
単なる留学ではなかったことを、
私たちはよく知っています。


文総裁は、若き頃から、祖国が
日本に統治される中で目にする理不尽な様相に
苦悩し、天に祈ることが多かったと伺っています。

自分はなぜ生まれたのか。
人生の目的は何か。
神は実在するのか。
死後の世界はあるのか。

今受けている朝鮮半島、
韓民族の苦悩はずっと続くのか。
この苦しみは神が与えたのか。
神が与えたのであれば、何のために与えたのか。

そして、誰もが願う平和とは
本当に訪れるのか……。


文総裁が15歳のとき、イエス様との
劇的な出会いがありました。
そのとき、人類の苦悩、人類の悲しみを見詰める
親なる神様がいらっしゃることを知られたのです。

イエス様は、神様の願いを果たすために
使命を担ってほしいと告げ、
ご自身が成しえなかったことを
成し遂げてほしいと訴えられたのです。

そのような出会いを背景に、
文総裁の日本上陸への道は開かれていきました。


当時の朝鮮半島の人々にとって、
最大の怨讐は日本でした。

この怨讐国家、日本をよく知らない限り、
愛することも困難であると、
このような思いを携えて文総裁は
日本に上陸されました。

その一歩を踏み出したのが、ここ下関です。

文総裁は日本滞在中、あらゆる課題と向き合い、
真理を追い求めていかれました。

こうして解き明かされた宇宙の根本原理、
統一原理は、
誰もが絶対に幸福に至れる方案を示しています。

しかもたった一言です。
それが「ために生きる」です。

この教えに触れた私たちには、
そこにこそ本当の幸福がある
ということを証明する責務があります。


文総裁は、「私の生涯を見れば、
父母であることが分かる」
と語られたことがありました。

北朝鮮に、なぜ死を覚悟して入っていかれたのか。
もう帰ってこられないかもしれないのに、
あえて平壌に向かわれた理由はただ一つ、
父母だからです。
そこに愛すべき子女がいるからです。

北朝鮮を支配する思想を憎んでも、
人々を憎んではなりません。
彼らも神様から見れば取り戻すべき子女だからです。

共産主義の牙城であるソ連に、
なぜ命の危険を顧みずに入っていかれたのか。

愛する子女がいる地に、父母として
行かざるをえなかったからです。
そのことをよく理解しなければなりません。


文総裁は本当に日本を愛してこられました。

しかし、日本のマスメディアは、
文総裁に「反日」のレッテルを貼り、
ご夫人の韓鶴子総裁のことも同様に報道しています。

文総裁は世界宣教の先駆けとして、
日本に一人の宣教師を送られました。
貧しい環境の中で韓国の教会員たちが
借金をして宣教費用をつくり、
日本に送り出してくださいました。


そして、日本に国際勝共連合を創設されました。

世界中に共産革命が燎原の火のごとく広がっていく中、
日本でも革命前夜と思われた1968年に
国際勝共連合を創設し、
真っ向から共産主義と向き合うように指導されました。
「命を懸けて国を守れ」と。

マスメディアが、文総裁ご夫妻に向かって叫ぶ
「反日」という言葉は、
実体とはあまりにもかけ離れています。

おふたりの日本に対する愛の投入は、
一瞬たりともやむことなく続いています。

文総裁が日本で最初に足を踏み出した下関。
天から記憶され、家庭連合の歴史が
100年、200年、300年たっても、
その記憶から決して消されることのない下関です。

山口の皆さんが、文総裁ご夫妻の平和思想に立ち、
その基本的な教えを、実体をもって
発信できるように願います。

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メッセージを語る田中富広会長(4月6日、山口県下関市)

真の父母様の生涯路程に
刻まれた崑崙丸事件
─田中会長の祝祷から─

今朝、崑崙丸の慰霊碑の前で
追慕の時間を持たせていただきました。
文鮮明総裁が日本で真理を解き明かし、
韓国への帰途で乗られる予定だった崑崙丸。

文総裁は何かしら天の警告を感じ、
乗船されませんでしたが、
出港した崑崙丸は米軍によって撃沈され、
583人の命が海の中に沈んでいきました。

私たちは、神様が永遠に記憶され、そして、
文総裁ご夫妻の生涯路程の中で、必ず
崑崙丸の事件は語り継がれると知っています。

この下関の兄弟姉妹たちが、追慕の思いを失わず、
毎年、慰霊の時間を持ち続けていることを見ても、
貴く価値ある命だったのであり、
永遠に記憶されると改めて思うのでございます。

中和新聞より
再編集 文責:ten1ko2


真のお父様(文鮮明先生)が
どれだけ、日本を愛されたのか、
そのことを感じていただけたかと思います。

また、真の父母様(文鮮明先生ご夫妻)は、
日本を守るために、
国際勝共連合を創設されました。。。

もしこの団体がなかったら、
日本はどうなっていたでしょう。

その功績を考えたら、日本にとっても
世界にとっても、大きな恩のある立場です。

それなのに、なんで排除しようとするかといえば
左翼を中心とする反対派の
デマに翻弄されているからでしょう。

真の父母様は、私たちを反対する人たちに対しても
憎むことなく、親として愛して
よい方向に導こうとされています。

私たちも、真の父母様のように、
日本を愛する心情をもって、
日々の歩みを成していきたいと思うのです。





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2024年05月06日

真のお父様はどんな方?! 完全なる「仲保者・通過体」は自分がない 《史吉子先生》



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史吉子(サ キルジャ)先生のみ言、
「誰よりも神様を愛されるお父様」続きです。


お父様は、まるでサタンから神様の前へと行かせる、
多くの人々を渡らせる橋のようです。

橋は、あちらこちらを連結させてくれるのです。
ところが、橋に何かおいてあるとそれが障害物になって、
人や自動車が通り過ぎる時、引っかかるしかありません。
それで橋には、何もあってはいけません。
お父様はそんな方です。

またお父様は、高い山を楽に通過させてくれる
トンネルのような方です。
トンネルが完全に貫通していたら、
自動車が楽に通過します。

だから、お父様はこの橋やトンネルのように、
こちら(人間)からあちら(神様)の方へと楽に繋げてくれる、
仲保者の役割をされるのです。

そうして、ご自身の意識の中には、
ご自身が一つもない方です。


常にお父様が語られますが、責任を持つ立場や
高い位置に上がれば上がる程、
どんな心の姿勢を持たなければならないかと言えば、
母の子宮の中に入っている
胎児のようでなければならないそうです。

母の子宮の中に入っている赤ちゃんは、自由がありません。
赤ちゃんは、食べるのもお母さんからへその緒を通して食べ、
お母さんが横になれば、一緒にならないといけないし、
お母さんが起きたら一緒に起きなければならないし、
お母さんが行けば一緒に行けなければならない、

それこそ完全に自由がない状態です。


ですから、私たちが立っている大小様々な全ての位置は、
自分のものではありません。

自分のものではなく、お父様、お母様のものです。
ですから、皆さんはお父様、お母様のものを、
自分が代わりに守って差し上げる
という立場に立たなければなりません。

高い位置に上がれば上がるほど、
この位置は天が私に責任を与えて、
ちゃんと面倒を見るようにとくださった位置であり、
自分の位置ではないと思わなければなりません。

そして、指導者は常に祈祷しなければならず、
率先垂範して熱心にみ言を訓読しなければならず、
食口たちのために生きなければなりません。

これさえきちんと守っていけば、
どんな責任を受け持っても上手に果たせるそうです。


このようになると、心が空になり、
「お父様、お父様が私をここに立てておかれたのですが、
私が何をすることを願われますか?
私がどうしたら良いでしょうか?」
と言いながら、絶えず
神様にお伺いするようになるそうです。

私たちはこのような心の姿勢を持たなければならず、
指導者がこのような心の姿勢を持つことが重要です。
そうすると、天がいつでも霊感をくださり、
知恵をくださるそうです。

再編集 文責:ten1ko2


このみ言を読みながら、
昔見た夢のことを思い出しました。

私の母、祖母と日蓮宗の信仰を持っていたのですが、
白装束を着ている人たちが、
「何無妙法蓮華経〜」とお経を唱えながら、
山をゆっくりと登っていきます。

そこを突然、新幹線が通り抜けていくのですが、
その中に私がいたのです。

まぁ、夢の中の出来事ですから、
現実離れしていますが(笑)。

夢から覚めた時、
文先生が苦労されて道を切り開いてくださった。。。
先生の勝利圏にいるということは、
どれほど感謝なことであるか。。。
そんなことを感じました。

真の父母様の勝利圏の中にいることが
どれほど感謝なことなのか、
再確認させていただきました。




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